暗号資産、仮想通貨、そしてデジタル円通貨の将来


日本でも、中央銀行デジタル通貨(デジタル円)の実装に向けた議論や実証実験が少しずつ進められてきました。ここにきて、先行する各国の動向(特に中国)を意識してか、取り組みがさらに加速しつつあります。弊社でも定期的に、デジタル通貨や暗号資産、それを支えるブロックチェーンの動向などをモニタリングしてきました。今後、日本銀行がデジタル円を発行することになったら、どのような影響があり得るのでしょうか。今回はこれをテーマにコラムを書いてみたいと思います。

    仮想通貨信奉者はなぜ間違え続けるのか。
 デジタル円の将来について考察する前に、現在曲がり角にいる暗号資産について、当社の理解を改めて整理しておきます。当社は、暗号資産が、いわゆる仮想通貨として法定通貨を駆逐することは、ごく一部の新興国や例外ケースを除いて今後もあり得ないという立場です。まず、その理由を3つに整理して説明します。

    仮想通貨信奉者の間違いその1:分散システム原理主義思想
 仮想通貨信奉者が間違えている1点目は、「分散システムは中央集権システムより絶対的に素晴らしい」という「分散システム原理主義」に囚われている点です。確かに時として強権的にふるまう中央集権的な社会システムは、非民主的な要素を持つこともあります。IT、テクノロジー業界を支える基本思想は確かに分散的な思考です。ブロックチェーンの分散技術はその典型でしょう。

 しかし、だからと言って通貨を含むすべての社会システムが、分散的であった方が素晴らしいというのは恐らく間違っています。例えば、もし日本円が中央集権的な前近代システムだったとして、これを解決するために「都道府県別通貨」を各県が発行するとしましょう。もしそうなると、47都道府県の通貨を、県境をまたぐ度にレートを決めて換算しなくてはなりません。当然東京の通貨は強く、地方の都道府県の通貨は弱くなるでしょう。これは本当に社会厚生を最大化するでしょうか。

 また、都道府県通貨は、厳密にいえばまだ「中央集権的」です。分散したほうが良いなら、もっと分散して市町村別通貨にするべきでしょう。そうなると全国数万の市町村ごとに通貨を発行することになり、さらに混乱を極めることでしょう。結局「程よい単位」に集約されることになります。その単位は、必然的に貨幣の発行や流通の管理を責任もって管理できる国家の単位に落ち着くでしょう。それは歴史が証明しています。

 仮想通貨が分散システムだから優れているという考えには、もっと基本的な認識違いもあります。そもそも、ビットコインを含むほとんどの仮想通貨は、開発者や初期のマイナー(発掘者)が全体の過半以上(ケースによっては8割超)を保有する「超独占的構造」になっています。結局のところ、仮想通貨乱立の背景にあるのは、通貨発行益を独占的に享受したい人たちの「新しい中央集権」の主導権争いなのです。そこに「民主的な分散システム」の理想は、少なくとも弊社はなんら見出すことができません。

    仮想通貨信奉者の間違いその2:「貨幣の信用は幻想である」という幻想
仮想通貨信奉者の2つ目の間違いは、「貨幣の信用は幻想だ」という思い込みです。確かに、1万円の紙幣を製造するコストは数十円にすぎません。額面と製造コストの差額は「通貨発行益」という国家財政の利益になります。「紙切れに価値があると信じるのはただの幻想だ」というのが、仮想通貨信奉者が法定通貨を攻撃する理由の一つです。しかしこれも間違いです。

確かに、現在の貨幣製造コストは貨幣価値よりも低く、金本位制を離脱してからは裏付けとなる実物資産もありません。しかし、貨幣の信用は、それで担保されるものではありません。通貨が通貨として機能し続けることそのこと自体が、貨幣の信用を積み上げているのです。日本国内で一日に行われる円決済は恐らく数百億回以上でしょう。こうした取引において一度でも「円が使えなかった」ということになれば通貨は信用を失います。またはあまりに激しい価格変動で、「昨日100円だったものが今日は200円だった(インフレ)」という場合も信用を失います。もちろん「偽札を掴まされた」という場合も信用を失うでしょう。

一日数百億回の取引の試練を受け、物価を安定させ、偽札の挑戦を退ける。こういったことの積み重ねが通貨の信用を形成します。結局のところ、それだけの信用を供与できるのは国家しかありません。

    仮想通貨信奉者の間違いその3:「貨幣量のコントロールもアルゴリズムで可能」という幻想

 仮想通貨信奉者の3つ目の間違いは「貨幣供給量もアルゴリズムで管理し、財との交換比率(物価)をコントロールできる」と考える点です。これについては以前のコラムでも書いていますが、今回は別の視点からの説明を試みます。

ブロックチェーンで管理されるデジタル通貨については「お札の番号」を例に出すと解りやすいかも知れません。お札には通し番号がついていますが、何番のお札をだれが持っているか、紙幣では管理不可能でしょう。しかし、ブロックチェーンならできます。何番のお札が、誰の財布に入っているか。お札と財布(口座)の両方に通し番号を振り、それと突合することで、それが把握できるのです。もちろんこの技術なら、一円玉に番号を振って、同じように管理することができます。そうすると、そもそも紙幣や貨幣を発行せずとも、電子データと電子財布(口座)データだけで、日本中の円の移動(決済)を管理できることになります。これがブロックチェーン技術の凄さといえます。

    デジタル円通貨は取引を劇的に変えるが、プライバシー問題には対処が必要
すべての貨幣に番号が振られていれば、決済の利便性だけではなく、例えば犯罪防止(脱税を含む)などにも大きな効果を発揮するでしょう。但し、一歩間違うと深刻なプライバシーの侵害になる可能性もあります。この点は、デジタル円通貨を本当に発行するのであれば、慎重な検証が必要でしょう。また、ブロックチェーンには、即時性や処理速度に欠点があるため、リアルタイムでの株式売買などには向かないかも知れません。従って、全てを日銀口座で管理するのではなく、商業銀行の預金通貨や証券口座などとすみ分けていくことになると思われます。(但し、この辺は技術の進展等により変わるかも知れません)。

    貨幣供給量を決めるのは結局金融政策
 しかし、仮にこれができたとしても、どれだけの量のデジタル円を発行するか(通しNO何番まで円を発行するか)は、ブロックチェーン技術で自動的に決まるわけではありません。金融政策で決めるしかないのです。ドルペッグ固定により価格が変動しないことを強みと称した仮想通貨も現れましたが、いくつかは既に破綻しました。そのほかのものも、長期的には恐らく確実に淘汰されるでしょう。イギリスのポンドに挑んだジョージソロスのような裁定取引者が、そのような歪みを長期に渡って放置するわけがないからです。

    暗号資産は、新たな代替的運用クライテリアとして拡大していく
 このような理由から、弊社は暗号資産が仮想通貨となり、法的通貨を駆逐する未来は来ないと予測します。しかし一方で、暗号資産は、資産運用の新たなアセットクラスであり、運用の世界に大きな影響を与えるであろうことについては全く否定しません。恐らく、アセットクラスとしての暗号資産市場は今後も拡大と停滞を繰り返しながらも、長期的には大きくなっていくでしょう。暗号資産のように、原資産がなく、ただひたすら取引者の裁定動機に基づいて売買される資産クラスは、これまでにない、運用の新たな選択肢になる可能性は高いと思います。

    暗号資産市場が発達することの意義
 そこで最後に、暗号資産が新たな代替投資の手段として定着していったときに、どのような影響があり得るのかも少し予測みたいと思います。私見ですが、一つの可能性としては、株式市場や債券市場など、原資産キャッシュフローの裏付けがある資産において、暗号資産が出てくることでより正しい(原資産価格と紐づいた)価格形成がなされることが考えられます。これまでの市場では、過剰流動性が発生するたびに、特に株式市場に余剰資金が流れ込んでバブルを発生させていました。しかし、この「余り金」が、よりホットな裁定取引を求めて暗号資産市場に移動すれば、株式市場に残るのは適正価格と紐づいた量の資金になる可能性があります。つまり、暗号資産がバブルを引き受けることで、株式市場でのバブルが起こりにくくなる可能性です。ガス抜き効果という感じでしょうか。コロナなどを機に世界の運用市場には明らかな過剰流動性が生じました。しかし、バブルを暗号資産市場が引き受けたことにより、スタートアップ市場や伝統的な株式市場が、過度のオーバーバリュエーションになることを結果的に、「多少は」避けられた可能性はないか。という仮説です。

 一方で、これまで過剰流動性が発生するたびに、スタートアップやベンチャー投資に流れ込んでいた余剰資金(ここでは敢えてイージーマネーといいます)が、暗号資産市場に食われたとすると、イノベーションの原資を少し奪っているのかも知れません。近年のベンチャー投資の世界でも、イグジットまで時間がかかるスタートアップよりも、暗号資産で早く儲けたいという投資家は多かったように感じます。もしこの仮説が正しいとしたら、暗号資産はイノベーション全体には少しマイナスの要素もあるかも知れません。しかし、代替資産として今後も存在し続けることは間違いないでしょう。
 

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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARNERS株式会社設立。代表取締役就任。
日本証券アナリスト協会検定会員
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