暗号資産は法定通貨を凌駕するのか


前回のコラムでは、フィンテックビジネス領域を俯瞰したうえで、今後この領域でどのようなフィンテックビジネスが創造され得るのか、弊社なりの仮説をまとめたコラムを書きました。このときのコラムでは、今後予想されるフィンテックの大きなトレンドとして、5つの仮説をまとめています。この5つの仮説について、この1年半の動向を踏まえて、大幅に修正や撤回が必要な「想定外の出来事」は基本的にはないと考えています。一方で、特に仮想通貨に関する領域では前回のコラムの時点は想定できなかったほど、実に多様な動きが活発に起きてきています。

そこで、今回のコラム(3回シリーズを想定)では、特に5つ目の「仮想通貨技術の発達による既存通貨取引の減少と伝統的金融政策の無効化」という仮説について、最近の議論や動向も踏まえつつ少し深堀して書いてみたいと思います。最初に結論を書きましょう。

 

  • ビットコイン、イーサリアムをはじめとする価格変動制の仮想通貨は、少なくとも主要通貨を駆逐することはない。通貨の安定性と信頼性を構成する「質の安定」と「量の安定」という2要素のうち、「量」の安定性を担保する仕組みが設計されていないからである。
  • みずほ銀行を中心に国内商業銀行連合が構想している対円固定レート方式のJコインは、発展可能性が高い仮想通貨である。
  • ブロックチェーンを活用した仮想通貨の便益を最大化するために理論的に最も合理的なのは、日本銀行がデジタル円通貨を発行することだが、早期の実現はおそらく困難。

■通貨に求められる「質の安定性」について

本コラムでは、そもそも、通貨が満たすべき安定性の要件とは、「1.量の安定」と「2.質の安定」であると定義します。それぞれ順番に考察します。まず、通貨の「1.質の安定」とはなにか。それは主に次の3点といえます。

① 偽造が困難で、偽造した者に対して厳罰を科すことができる。
② すべての通貨を同一品質で供給できる。
③ 流通コストが低い。

 古来、こうした通貨の質を担保するためには、巨大な力(国家権力)が必要でした。例えば、金、銀、銅といった希少金属を発掘し、鋳造し加工し、一定品質で大量生産できる技術と労働力の確保。また、通貨の偽造犯罪を徹底して罰することができる警察力。通貨の質の安定と信用の確保は、巨大な権力なしには実現し得ないものでした。最近話題になった「サピエンス全史」にもあるように、歴史において通貨は常に権力と一体でした。

 ところが、ブロックチェーン技術を用いて、ネットワーク上の分散型台帳に、実質的に書き換え不可能な形で記録される仮想通貨のデータは、これまで国家権力しかなしえなかった通貨の質の安定確保の問題を、テクノロジーで解決できる可能性があります。これが、ビットコイン等が注目される最大の理由であることは言うまでもありません。少なくともこの点においては、歴史上どの国家もなしえなかったほどの革命的なできごとであることは間違いないでしょう。

このコラムでも、ビットコイン等、ブロックチェーン技術を用いた仮想通貨が、この、通貨の質の確保を技術で解決し得る点については、実現可能性が高いと考えています。つまり、ビットコイン等の仮想通貨は、①偽造が不可能で、②品質が一定で、(電子データだから)かつ③流通コスト、管理コストが極めて低い、という3点を満たしているという前提に立ちます。これらは仮想通貨における議論の中心に位置づけられ、すでに十分な議論と検証がなされていますし、もし仮に今後技術的な問題が発生したとしても、おそらくそれは早期に改善される可能性が高いでしょう。

■通貨に求められる「量の安定性」について

 では次に通貨の「量の安定」の重要性をシンプルに確認するために、黒曜石10個とりんご10個だけがある極めて原始的な閉鎖経済下の島を想定した一つの思考実験をしてみましょう。ここで「りんご」は、実態経済の財を意味します。そして、「黒曜石」はいうまでもなく、貨幣を意味します。この閉鎖経済の下で、すべての黒曜石とすべてのりんごが1回だけ交換された場合、りんごの価値は黒曜石1個と等価になります。つまり、黒曜石で測ったりんごの価値は、「1黒曜石」です。これを仮に「1k」とします。

 次に、島の南の洞窟で、黒曜石が新たに10枚採掘(マイニング)されたとします。そして、同じように、すべての黒曜石がすべてのリンゴと1回だけ交換された場合は、黒曜石で測定したリンゴの価値は2kとなります。つまり、リンゴという実態経済の財に対して、黒曜石という貨幣の価値が半減し、貨幣価値が下落したことになります。貨幣価値の下落=これはつまり、インフレです。

 このように、貨幣の流通量が増えれば、貨幣価値が下がりインフレが起きるというのが、いわゆる古典的な貨幣数量説といわれる理論です。但し、実際には、黒曜石が新たに発掘されてもリンゴとの交換が行われず手元に保有される場合は、インフレは起きません。従って、リンゴと黒曜石が取引される回数も、インフレに影響します。この取引回数のことを、経済学的には流通速度といいます。こうした関係を数式で表すと、以下のような、「フィッシャーの交換方程式」と呼ばれる等式になります。

MV=PQ

M: ある期間中の任意の時点Tにおける流通貨幣(通貨)の総量
V: 貨幣の流通速度(特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数)
P: ある期間中の任意の時点Tにおける物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q: 取引量(特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)

フィッシャーの交換方程式が示すことは、実態経済の物価水準P(すなわち貨幣と財の交換比率)を安定的に保つために、通貨の流通量Mを管理することが極めて重要であるということです。この貨幣流通量の適切な管理こそ、近代通貨当局の最も重要なミッションの一つです。

ところが、少なくとも現時点ではビットコイン等の仮想通貨には、この通貨の発行量の適切な管理と、それがもたらし得る価格の安定を実現するアルゴリズムは、基本制度設計に組み込まれていないと考えられます。そもそもこの通貨流通量の安定に必要なのは、価格動向物価の安定を継続的に実現するための通貨需要量の管理主体であり、アルゴリズムで解決できる問題ではありません。

ビットコインは、取引記録の検証に参加した有志が記帳に成功した段階で、その報酬としてその検証者に対して新規発行されます。この行為がマイニング(発掘)と呼ばれ、高度な計算パワーを持つコンピューティングシステムが必要な作業とされており、現在主要なマイナー(発掘者)は電力等が安い中国などに集中しているといわれます。

このアルゴリズムは、本質的に、通貨に必要な量の安定(需要に対する安定的な供給量の確保)をミッションとするものではありません。謎のビットコインの設計者「Satoshi Nakamoto」が、どのような意図でこのビットコインのマイニングアルゴリズムを設計したか、詳細はわかりません。おそらく、常にビットコインの需要が供給を上回る(ビットコインがちょっと足りない)状況を創り出し、ビットコインが値崩れしないようにすることを意図していたのではないかと想像しています。

しかし、ビットコインが注目されると同時に大量の投機的需要が発生し、ビットコイン価格は急騰。その後、中国規制当局の動きなどもあり、直近では急落しています。ビットコインが本当に他の主要通貨を駆逐し得る存在足り得ようとするならば、このような価格の変動に対して、調整できる機能と仕組みを持たなくてはなりません。

 今回のビットコインのように、通貨の価値が急変した場合、例えば円であれば日銀が市場から資金を吸収して行ってインフレを抑制したり、逆に価格が下落(通貨価値の上昇=すなわちデフレ)したりしたら、日銀が市場に資金を供給して通貨価値を下落させるためのインフレ策をとるなど、いわゆる金融調節機能を発揮して価値の安定に努めなくてはなりません。

しかし、ビットコインを等の仮想通貨にはこうした仕組みはビルトインされていません。また、今後ビルトインされることもないでしょう。すでに述べた通り、これはアルゴリズムの問題ではなく、通貨の価値の変動に対して反対の取引を行う取引相手(通貨当局)が存在しないという、設計制度・システムの参加者の不存在の問題だからです。これが本コラムの結論のひとつとなります。

■では、仮想通貨は投機対象にしかならないニッチな通貨でしかありえないのか。

では、すべての仮想通貨は、ごく一部の投機愛好家の嗜好品でしかありえないのか。ブロックチェーン技術が持つ、偽造防止、同一品質の担保、低い流通コストというメリットを享受しつつ、変動相場制の採用による価値の不安定性を克服することはできないのか。

これについては、弊社では、商業銀行によるJコインは大きな可能性と日本経済への衝撃の可能性を秘めているし、最も本質的には、日本銀行が自らデジタル円通貨を発行し、民間のIT企業と連携してブロックチェーン台帳の管理をしていくことが究極の理想(でも多分実現できないだろう)という仮説を持っています。

次回以降のコラムではこれについて書いてみたいと思います。

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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARNERS株式会社設立。代表取締役就任。
日本証券アナリスト協会検定会員
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