トルデシリャスの東【第3回】クリストバール・コロン


トルデシリャスの東

クリストバール・コロン

サンタフェは、アルファンブラ宮殿の西方に位置する小さな村である。千四百九十二年一月の半ば。今この場所には、グラナダ奪還のために構築された野営地がある。街角のあちこちには、いまだ冷めやらぬ興奮の残滓が沈殿している。勝者の兵はせわしなく歩き回り、宮殿の本格的な明け渡しに向け、段取りに余念がない。イザベルとフェルナンドの両王も、この野営地にて忙しく指揮を執っている。そのような中でも、両王がサンタンヘルの面会依頼を蔑ろにすることはない。

今、サンタンヘルは、村の中央に建設された、臨時の宮殿ともいえる両王の執務所に出向き、二人の前に跪いている。そしてその横に控えるのは、クリストバール・コロンである。サンタンヘルは、細心の注意を払い、言葉を選ぶ。そして厳かに切り出す。

「カトリック両王よ。グラナダの奪還、改めてお祝い申し上げる。この地を数百年に渡り乱してきたこの争いに、一滴の血すら流さずして終止符を打たれたこの偉業は、まさに神のご加護の賜物でありましょう。両王は創造主、全能の神に祝福され、神の下命の元にこの偉業を達成されたのであります」。

フェルナンド二世がこれに応じる。

「ドン・サンタンヘルよ。この度の無血開城、貴殿に寄るところも少なくなかった。今思えば、わが妻イザベルとの婚姻の契りからして、全てデウスの思し召しであったのだろう。両王国の財政を統合し、グラナダ奪還のための備えを固めることができたのは、そなたの貢献によるところ大である。我ら連合王国の成立を見てボアブディルは、抵抗は無意味な流血と悟ったのだ。イザベルと共に、そなたを我々の前に遣わせた神に感謝致そう」。

サンタンヘルも、応えて返す。

「王よ。そのお言葉、光栄です。思えば、あれはもう三十余年前になります。バレンシアにてお父上とあなた様に謁見したとき、私は直観しました。この父子こそ、我が生涯を賭してお仕えべきお方。神に祝福され、民に安寧もたらし、国に繁栄をもたらすのはこの王しかいない、と。私は、あの日以来、いつかこのような日が訪れることを疑ったことはございません。すべては、神の思し召しであるからでございます。お父上も、さぞかしお喜びでしょう。

そして、偉大なるカトリックの女王、イザベル様。宮殿にて発せられた、モーロ王に対する慈悲にあふれたお言葉。このサンタンヘル、生涯忘れ得ませぬ。異教徒にさえその無償の愛を注ぐあのお姿、わたしはあの時、創造主が女王をこの世に遣わしたその理由を、確かに胸に刻んだのでございます」。

一気に語ると、ここでサンタンヘルは一息つく。傍らに控えるコロンは、身じろぎひとつせず、佇んでいる。いまから一刻もせぬ間に、自らの運命が決まる。コロンの直観がそう囁いている。

イザベルが口を開く。

「サンタンヘルよ。わが夫フェルナンドと共に、改めて貴殿に感謝申し上げよう。我らの婚姻、そしてこのグラナダの奪還。いずれも貴殿の働きなくして成し遂げられるものではなかった。そなたもまた、創造主からの導きにより、我らの元に遣わされたのだ。我らは、そなたの大いなる貢献に、できる限り報いたいと思うておる。それで今ここにおるのだ。そして、そなたの傍らにいる男。その者は、いつぞやのジェノバの船乗りだな? ということは、我々はまたあの話を聞くことになるのか。あれは、もう決着したはずだが」。

イザベルは少しいたずらっぽく微笑みながら、サンタンヘルに視線を送る。コロンは、このやり取りを聞きながら、女王がサンタンヘルにどれだけの信頼を置いているか、改めて確信する。俺がつかんだロープはやっぱり正しかった。あとは死ぬ気で手繰り寄せるだけだ。コロンは胸の奥でそう呟く。その傍らで、サンタンヘルは静かに言葉を続ける。

「女王様。恥ずかしながら、おっしゃる通りです。私は今日、性懲りもなく、この男をあなた様の前にお連れしました。初めてこの男と両王に謁見したのは、もう五年以上も前のことでしょうか。あの時も両王は、その途方もない計画にも関わらず、この男に年金を与えてこの地に留め、航海の可能性を探ることをお許し給いました。その恩情、決して忘れはしません。そして、昨年の暮れ。両王がご指名の諮問委員会により、この男の提案が退けられたこと、それもまた重々承知しております。にも関わらず、厚かましくも本日、こうして再び参った我々に寛大なるお目通りを頂き、ただ感謝申し上げます」。

「よい。つまりは、まだ諦めきれんのだな?船乗りとは皆、このように諦めが悪いものなのか。それとも、ドン・クリストバール・コロン。貴殿が特別かな?」

イザベルが初めてコロンに目をやる。コロンは、頭骨から飛び出さんほどに目を見開き、イザベルの視線を正面から受けて返す。しかし、そのような振る舞いで伝わるのは、情熱でも誠実さでもない。異様さといかがわしさ、そして無礼である。コロンは、そういうことが判らない。その横で控えるサンタンヘルの顔に、たちまち焦燥の色が浮かぶ。どんな言葉をつなぐべきか。しかし、そんな思考を巡らす間もなく、コロンがしゃべりだす。まるで、鳴き始めたら止まらないガチョウのように。

「女王様。確かに私はあきらめの悪い男でございます。このご無礼、どうかお許しください。しかし、私もまた、創造主に導かれ、改めてこの場に参ったのであります。わたしは、モーロの王が女王の手に接吻し、アルファンブラの城壁に両王の旗が翻るのを、この目で見ておりました。邪教にふける哀れな異教徒を、両王が神より給うたこの聖なる土地から追い出し、真のキリスト者としてそのお姿を現されたとき、私はデウスの意思が聖霊として両王に宿り、この世界を治めよと命じられた事を確信したのでございます。

グラナダの奪還で、このイベリア半島は聖なるキリストの土地として、穢れなき世界の中心となるでしょう。しかし、女王様。神が創り給うたこの世界にはまだ必ずや、未開の国々がございます。すでにご説明の通り、女王の海を西へと進めば、ポルトガルも、フランスも、誰も知らぬ未知の国々があるでしょう。そこにはきっと、未だ偶像崇拝にふける哀れな者どもが、闇に惑い、救いを求めておるのです。創造主デウスの思し召しのもと、神の子、イエス・キリストの福音をその者たちに与え、穢れを取り除き、偶像を破壊し、異教徒に光を授けることは、両王にしかできぬことです。私は、その使命のためならば、喜んでこの身を捧げましょう。どうか、西への航海をお認めになっていただきたいのです」。

イザベルは、表情ひとつ変えずに聞いている。その瞳の奥には、この男の性根に対する、ぬぐえない不信の塊が宿っている。

「さらに増したるその決意。結構なことである。確かに我々は、この世界を正しき教えの元に導いていかなくてはならない。しかし、今日再びここに現れたそなたが、まずやらねばならん事があろう。タラベーラらの諮問委員会における結論に対し、明瞭なる反証を、確固たる根拠をもって説明することだ。かの委員会は、厳密な検討の上でそなたの航海案を却下した。そなたの使命が主の意を受けたというならば、まずその疑念を晴らすべく、自らの責務を果たすことだ」。

「女王殿下。それにつきましては・・・・」

言いかけたコロンの言葉を、サンタンヘルが遮る。

「女王殿下。そのことにつき、まず私からご説明させていただくこと、お許しいただけますでしょうか。私は、自ら再度、天文学者、地理学者、地図の製作者、航海士らと議論し、この航海の可能性に確信を持つに至りました。わたしは特に、この男コロンが、べーハイムなる異国の天文学者と交わした書簡に注目し、改めて精査致しました。この天文学者は今、球体地図の作成に取り組んでおります」。

「マルティン・ベーハイムか。高名な学者と聞いている。続けよ」。

イザベルが促す。

「申し上げます。ベーハイムの天体観測とそこから導かれる結論は、トスカネリの説を補強するものです。その分析は緻密です。主が創り給うたこの世界が、球の形をしていること。それはもはや疑いないでしょう。従って、殿下の海を西に漕ぎ出し進み続ければ、いずれ回ってこの地に戻ることさえできましょう。そして、いまだかつてこのような見立てをもって西に進んだものはおりません。進んだ先に未だ見ぬ未知の土地があると考えることは理にかなっております」。

「うむ。主がこの世界を玉のような形に創ったこと。私が信頼を置く者でそれを否定するのは、もうおらぬ。私も否定せん。それは以前も伝えたはずじゃ。問題はそこに着くまでに要する時間と距離。タラベーラ達の指摘は、そこだったはずだが」。

「ごもっともです。彼らは、コロンの見立てが過少であると指摘しました。確かに、二か月余りでインド、あるいは未知の土地に到達するというのはあまりに楽観的でしょう。この距離について、タラベーラ贖罪祭司は、少なくともコロンの見積もりの倍の距離と時間がかかる、との見解を申しておりました。しかし、未知の航路です。結局のところ、真実は創造主のみが知るところであります」。

「ふむ。して、なんとする」。

「十二ヵ月。つまり、片道六ヵ月進めるだけの備えがあれば、必ずやコロンは陸にたどり着けると考えます。これは、当初見積もりの三倍。タラベーラらの諮問委員会が推し測った距離に近いものです。それだけの航海に耐えうる良質なカラベル船と備えがあれば、この航海は成功します」。

フェルナンド二世が問う。

「カラベル船か。確かにあれは我らの技術の結晶じゃ。しかしすぐに建造できるようなものではないぞ。その手当はなんとする。グラナダを落としたのは確かだが、今後の統治にまだまだ金はかかる。大航海に耐えるカラベル船二隻、あるいは三隻。海の藻屑と消え去るであろう物に、おいそれと出せる金ではない。それは貴殿が最もよく知るところであろう」。

フェルナンド二世の問いに対し、サンタンヘルは周到に用意した回答を示す。

「バロスの港に、両王の法を破って密貿易を行った二隻の船が拿捕されて拘留されているのは、以前ご報告した通りでございます。この船は現在、女王の管理下にございます。この船の航海への活用を御許可頂きたい。そして、バロスの港の者には、荷役含め協力させることで、詮議を解くことをお認め頂けないでしょうか。さすればバロスの者はこの航海に協力するでしょう」。

フェルナンド二世は、しばし逡巡したのち、小さくうなずいて返す。

「確かに、バロスの者たちは、我らの命には付き従うであろう。よく考えたな。確かにあの船を使えば新たに建造する必要もない。相変わらずそなたの機転には驚かされる」。

横で聞くイザベルもフェルナンドの言葉に小さく頷く。フェルナンドはさらに続ける。

「我々はいつも貴殿の知恵に助けられてきた。そして貴殿は今、その偉大な知恵を惜しげもなくそのコロンの計画のために注ぐつもりのようだ。ここにいるコロンとは、そこまでの男か」。

その問いに応えようとするサンタンヘルを、イザベルが制する。

「それは、私も気にかけるところである。しかしそれは、コロンに直接問うことにしよう。距離の話、船の話につき、そなたらの主張は判った。では次に、もう一つタラベーラが懸念しておったアルカソバス条約についてはどう考える。事の次第によってはポルトガルと戦争になる。おぬしらはようやく平穏を得た我らを再び戦の混乱に陥れるのか」。

これに対して、サンタンヘルは自信に満ちた声で女王に応える。

「女王様。これについては、このサンタンヘル。確信をもってお答えします。先に漕ぎ出し、辿り着いたものがその地の領有を主張し得るのは世の理であります。主は必ずやその土地を、女王陛下の海、すなわちアルバソカス線のこちら側に鎮座させて、その到来をお待ちされておるでしょう。しかし、もし、神のいたずらにより、まだ見ぬ土地が線の向こう側に位置したとしていても、それは、最初に辿り着いたものの手中となるべきものです。

確信をもって言えることは、このコロンがもし、ポルトガル、あるいはフランスの王の名のもとに西に航海し、そして女王陛下の海に新たな新天地を見出したならば、彼らは必ずやその領有を正当化し、武装して護り、彼らの領土とするでしょう。そのようなことさせぬために、女王はこのコロンを誰よりも先に西に遣わせるべきかと存じ上げます」。

イザベルはそれでも得心がいかない表情で問う。

「言っておることは判る。しかし、今すぐでなくてはならんのか。グラナダの統治を万全とするのが焦眉の課題であろう。今、ポルトガルと新しい戦争を始めることだけはならん」。

サンタンヘルは一呼吸し、淡々と返す。

「ごもっともです。しかし、この男に最初に手を差し伸べて新天地に辿り着いた国は、必ずや他の国からの嫉妬、羨望を買い、激しい争いが生じることは避けられぬでしょう。西に新天地ありと明らかになった後、起こるのはもはや、イベリア半島の領土争いではありません。新天地の奪い合いとなるのです。これは、新しい戦いです。最初に辿り着いたものが全てを得るでしょう。

もし、ポルトガル、あるいはフランスに先手を打たれたならば、この新しき戦いにおいて両王は大いなる後塵を拝することになります。恐れるべきはやはりポルトガルです。彼らはすでにアフリカの南端を周り、インドへと繋がる航路を確立しつつあります。未知の西ルートまでもし盗られることあれば、両王の御威光に甚大なる影響となりますこと、必至でございます」。

イザベルの表情がにわかに硬直し、目は虚空をしばし彷徨う。サンタンヘルの言葉の意味をしばし咀嚼し、やがて視線をサンタンヘルに戻す。そして少し間を置き、言葉を返す。

「うむ。ポルトガルは既にアフリカの先端に到達しておる。だから我々もカナリア諸島線を超えることができん。それがアルバソカス条約の取り決めだ。我々がグラナダに手を焼いている間に、してやられたということだ。ポルトガルは、冒険狂いのエンリケが何十年も前に掲げた海洋国家戦略が、ここにきてまさか、実を結びつつある。手をこまねいて居れば、我々は確かに未来を失うかも知れんな」。

そこまで言うとイザベルは少しだけその表情をやわらげ、再び言葉を繋ぐ。

「しかし、そなたと話をしていると、しばしばとても不思議な思いに駆られる。まるで未来を見てきたかのようなその洞察の数々。他の者の言葉なら一笑に付すのだがな。しかし、そなたの予言めいた言葉は、のちに全て現実のものとなった。だからこそ今我々は、こうして今、このサンタフェに勝利の陣を張っておる。そなたの洞察は信じるに足る。見えないものの間に働く因果の法を見出すそなたのような力は、タラベーラやトルケマダには、備わっておらぬのだろう」。

「聡明なる女王陛下。神は陛下にその明晰なる思考と晴眼を与えられました。両王の寛大なる庇護の元で、初めてわたしは輝くことができるのであります」。

「そなたと我々は一心同体だ。そなたのその言葉、我々も嬉しく思う」。

イザベルはフェルナンドと目を合わせ、それが互いの意思であることを確認する。そしてその直後、イザベルの表情は再び強張り、コロンを正面から見据えて問う。

「諮問委員会での懸念事項に対する回答は理解した。では、わたしがもっとも腹に落ちぬことについて聞こう。これについてはコロン。そなたの言葉を直接聞きたい」。

イザベルが発する静かな闘気に、幕内の空気がにわかに張りつめる。ここから先、自分ができることは祈ることだけだ。サンタンヘルは胸の内でそう呟く。そして、イザベルがゆっくりと切り出す。その声は怜悧で、どこまでも冷たい。

「ドン・クリストバール・コロン。そなたの壮大で野心的な計画が成功した場合の、わが王国への貢献、そなたの我らに対する忠誠。わたしはいずれも疑うものではない。しかし、貴殿がこの航海に求める報酬については、合点がいかない。そなたが示した規約草案、みなまで読むのがばかばかしくなるほどの強欲なる要求である。発見した土地の総督となり、副王を名乗らせよ。その地位は永遠にそなたの子孫が承継する。発見された富の十分の一を寄こせ。新天地で争いごとが起きたらそなたを裁判官とし、裁く権利を持たせろ。ほかにもまだあったが、もう覚えておらぬ」。

イザベルは、そこまで一気に話すと、少し足を組み換え、コロンを見据える。

「お前は創造主の思し召しの元、未開の地で邪教にふける、哀れな者どもを導くという。その崇高なる志と、欲得にまみれたその要求。その間に横たわる大いなる矛盾、我々の腹に落ちるよう、説明せよ」。

床に目を落してイザベルの言葉を受け止めるコロンの心の臓は、彼の生涯で最も激しく高鳴る。その鼓動は隣に控えるサンタンヘルまで届かんばかりである。口の中は何日も天日干しにされた麻布のように渇き、舌は内腔にへばりついて動かない。それを口の中でべりべりと剥し、コロンは覚悟を決めて語りだす。

「女王様。正直に申し上げます。私は実際のところ、死の旅へ赴くのでございます。これは、例え話ではございません。女王様もご存じの通り、航海は常に死と隣り合わせでございます。先日も私の友が死にました。何十年も通いなれた、たった数里ほどの航路の途中でした。いつもより少し風が強く、いつもより少し潮回りが奇妙だった。たったそれだけのことでございます」。

コロンはそこまで話すと、ちらっとサンタンヘルを見てから、言葉を繋ぐ。

「創造主は、まだ我々に海の上での命を保証できるほどの知恵や技術を与えてくださっておりません。にも関わらず、私が挑むのは、未知の航路でございます。十度望めば、九度は海の藻屑となりて消えるでしょう。しかし、この航海がもし成功したならば、それが両王とその臣民にどれほどの恵みをもたらすか、はかり知れません。

確かにわたくしめは、未開の土地・国を発見した暁には、副王として女王陛下の忠実なるしもべとなり、かの地を統治させていただきたいと、お願い申し上げました。これは、かの地に最初に到達したものが、その土地を最も理解し、その責を全うできると信じるからにございます。

そして、わたくしめが、今一度心よりお伝え申し上げたいことは、この航海の第一の目的は、未開の土地の発見もさることながら、西回りの航路の開拓そのものであるということでございます。申し上げるまでもなく、現在、インドあるいはその先の香辛諸島への最も確実なのは、地中海航路と陸路であります。地中海を経て東に進み、大河を渡りさらに進めば、やがてインドに、そして宝の島々に繋がります。

しかし陛下、ご存じの通りこれらのルートは、未だ全てモーロの支配下にあります。グラナダは陥落すれども、東に広がるモーロの広大な本土は微塵とも動いておりません。貴重なる香料、オリエントの織物、文物、珍品の数々。これらすべて、我らの元に来るまでに、膨大なる手間賃が乗り、その価格は途方もありません。これが、わが国の富をしぼませ、臣民を苦しめ、両王にも多大な損害を与えて参りました」。

ここまで一気にまくし立てて、コロンはそっと両王の様子を伺う。動物的な直感で、その表情に少しの手ごたえを感じ取ったコロンは、間髪入れずに続ける。

「もしこれらを、モーロ、あるいはフランスを通さず、直接商いできる海の道が我々のものとなれば、両王の富と権勢は、やがてモーロ全土を脅かすほどになりましょう。その時もし、神のご加護により、未開の小さな島々の一つでもこのコロンが発見したならば、ほんの慰めばかりの栄誉を授かりたいのでございます。わたしは、そのわずかな希望と共に、死の旅に漕ぎ出すことができます」。

イザベルの横で耳を傾けていたフェルナンド二世がおもむろに口を開く。その言葉には明らかな怒気が混じっている。

「コロンよ。そなたの言い分、改めて相分かった。しかし、合点はいっておらぬ。我々の儚い命の行く先を決めるのは主、天地創造の神である。そなたの旅が聖なるものであり、それがイエズス様の御心に適うなら、必ずや主はお前を新天地に導くであろう。ところがお前は主の使命を語りながら、その同じ口でイエズス様が最も忌み嫌われた、欲得の塊のような要求を申している。もし、お前に少しでもよこしまなる思いあれば、主は決してそなたの前になにも見せないだろう。そしてお前は海の藻屑と消えるのだ。西への航海におけるお前の志、不純なきと、我々の前で主に誓えるか!」。

部屋の空気は極限まで凍り付く。外を走る馬車の車輪が轍を削る音も、兵士の剣が鎧に当たる、カチャカチャという耳障りな音も、もはやその場に居合わせる者達には届かない。両王の静かな怒りが、場の全てを支配している。しかし、コロンはそのようなこと意にも介さない。あるいは意に介するような性分をそもそも持ち合わせていないといった方が正確かも知れない。コロンは、一呼吸おいて、この日のために練り抜いた言葉を振り絞る。

「殿下。誓ってわたしの航海への志。よこしまなものではございません。見つけた宝のたった十分の一、そして、利益の八分の一さえ賜れれば、あとは全て両王のものにございます。それだけの財あれば、陛下はきっと我らの十字軍を編成され、聖地エルサレムの奪還すら可能になりましょう。それこそ、神の真の御心に叶うのではないでしょうか。この、コロン。その崇高なる神の使命により必ずや・・・」。

そこまでコロンが言いかけたとき、ついにイザベルの激高が爆発する。

「黙れ!我はやはりお前の言葉に偽りありと断じる。十字軍。エルサレム奪還。そのような耳障りの良い麗句を並べれば我々が心踊らされるとでも思うておるか。数百年も前に大勢決したるモーロとの闘いに、最後の区切りをつけるのでさえ、これだけの時間と労力を要したのだ。ボアブディルの決断なければ、我々は今なお血を流して戦っていたであろう。お前の浮薄なる言葉、不愉快である。創造主がお前に新天地を見せることは決してなかろう。海の藻屑と消える前に去れ。すべての話はいまここで終わりじゃ!」。

「申し訳ありません。女王様! しかし、・・・・・」。

なおもすがろうとするコロンを、サンタンヘルが遮る。長く仕えていたからこそ分かる。女王の怒りは心底からのものだ。コロンを試すような類のものではない。

「コロン殿。両王がここでそなたの言葉をこれ以上聞かれることはない。下がるのだ!」。

なおもなにかを言いかけるコロンを、サンタンヘルは目で制する。コロンは、その眼の奥底に宿る力に触れ、抵抗は無意味と悟る。そして、サンタンヘルと共に幕内から立ち去った。一人その場に残ったイザベルは、自らの怒りが静まるまで、しばらくの間ただ虚空を見つめ、そこに佇み続けた。


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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社設立。代表取締役就任。

日本証券アナリスト協会検定会員
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