
ジョイントベンチャー(JV)は、異なる企業が共同で事業を行うための契約形態です。ますます変化が激しくなるビジネス環境においては、異なる国籍同士の企業が協力し合うクロスボーダーJVも飛躍的に増えています。これはいわば、ビジネス上の「結婚」とも言えますが、企業文化や商習慣が異なる2社の協業は、開始当初は思いもよらなったすれ違いや利益相反が起きることもあります。当然JVの当事者同士は、誠意をもって対話し、問題の解決にあたりますが、時にはどうしても乗り越えられない立場の相違が顕在化してしまうこともあります。いわゆる「デッドロック」といわれるような状態です。
このような場合、どのようにして合理的にJVを解消するか。これをあらかじめJV契約において合意しておくことは時に重要です。欧米では結婚前に「婚前契約」(離婚した場合の財産分与などについてあらかじめ取り決める契約)を結ぶケースがありますが、JV契約においてもそのような「婚前契約」条項を盛り込んでおくわけです。当然もっとも重要となるのは、jVの解消時の持ち分を、「だれが、いくらで」買い取るか、という問題です。そこで今回は、JV解消時の持ち分買取りにおける主要な考え方のひとつ「テキサスシュートアウト」をご紹介します。
テキサスシュートアウトという名称の由来
テキサスシュートアウトという名称は、西部劇に登場する「決闘」(シュートアウト)から来ています。この手法は、対立する二者が互いに相手の株式を買い取るか売却するかを決定するという、まさに一騎打ちのような決断を求める点で、その名前が付けられました。テキサスの広大な荒野での決闘に例えられるように、この手法は、迅速で明確な決断を促す仕組みとなっています。「どっちが早いか、試してみるかい?」というやつです。クリントイーストウッドの「夕日のガンマン」の名シーンを彷彿とさせます。但し、M&A(JV解消)の場合は、「どっちが(買取価格が)高いか、試してみるかい」という話になります。
テキサスシュートアウトの概要
テキサスシュートアウトでは、まず、一方のパートナー(以下、A)は、自身が保有するJVの株式を特定の価格で他方のパートナー(以下、B)に売却するオファーを提出します。このオファーには、株式1株あたりの価格が含まれます。次に、BはAが提示した価格でAの株式を買い取るか、もしくは同じ価格で自身の株式をAに売却するかを選択します。つまり、BはAの提示した価格で売り手になるか買い手になるかを選ぶ権利を持っています。
テキサスシュートアウトのメリット・デメリット
テキサスシュートアウトの主なメリットは、公平性の確保です。オファーを提出する側は、高すぎる価格を提示すると自身がその価格で買い取りを迫られるリスクがあるため、公平な価格設定が期待されます。また、この手法は迅速な決定が行われるため、長引く交渉を避け、迅速に解決する手段となります。さらに、価格の提示と選択というシンプルな手続きで済むため、実行が容易であるという点も挙げられます。
一方で、テキサスシュートアウトにはいくつかのデメリットも存在します。例えば、交渉力の偏りが生じる可能性があります。価格を提示する側が優位に立つことがあり、また、提示された価格に対して適切な判断を下すために相手側には心理的なプレッシャーがかかります。
テキサスシュートアウトの変化形「メキシカン・シュートアウト」
このテキサスシュートアウトのデメリットをカバーする一つの方法として、メキシカンシュートアウトと呼ばれる手法もあります。これについて、テキサスシュートアウトとの違いを整理します。(注:ただし、何をもってテキサス式、メキシコ式と呼ぶかは実はあいまいで、使う人によって解釈が異なる点は注意が必要です。このコラムでテキサスシューティングと呼称している方式を、ロシアンルーレット方式と呼ぶケースもあるようです。自分の撃った玉(価格)が、自分に返ってくる(買取義務を負う)場合もあるからです)
メキシカンシュートアウトの概要
メキシカンシュートアウトは、両方のパートナー(AとB)が、それぞれ自分の保有する株式に対する買い取り価格を密封入札形式で提出します。JV当事者すべてと利害関係を持たない第三者機関(多くの場合は弁護士事務所でしょう)に買取価格を封入して提示します。そして、両社立ち合いのもとに弁護士が開封し、高い価格を提示したパートナーが他方のパートナーの株式をその価格で買い取るという仕組みです。
メキシカンシュートアウトのメリットは、双方が独立して価格を提示するため、より公平性が高い点です。また、入札形式により、より戦略的な価格提示が求められるという特徴があります。しかし、密封入札形式のため、プロセスがやや複雑で時間がかかるというデメリットも存在します。
テキサスシュートアウトと比較すると、公平性の面ではメキシカンシュートアウトの方がより高いと言えます。これは、双方が価格を提示するため、より公正な価格設定が期待できるからです。しかし、迅速性の面ではテキサスシュートアウトの方が優れており、プロセスがシンプルで迅速に決定が行えるため、交渉期間が短縮されます。
先買権や共同売却権、強制売却権と何が違うのか
JV契約やスタートアップの株主間契約では、いわゆる先買権(Right of first refusal)や共同売却権(Tag Along)、そして強制売却権(Drag Along)などが取り決められることも一般的です。では、テキサスシュートアウトのようなJV解消規定とドラッグアロングやタグアロングはなにが異なるのでしょうか。これは、前者がJVの解消を主目的としており、そのトリガーはいわゆるデットロック(重要な経営方針の対立)であることに対し、後者は主に投資家の出口確保を目的としている点です。従って後者は、投資家にとってのいわばJV相手である経営株主への売却よりも、第三者への売却を主眼として設計されます。
育ってきた環境が違うから、すれ違いはしょうがない。
シュートアウト条項や、先買権、ドラッグアロング、タグアロング。これらは時に契約を非常に複雑化させ、時間とコストを費消します。まだなにも始まっていない段階で、いたずらに複雑な契約を締結することはある意味不毛でしょう。これから希望に満ちた結婚生活を送ろうとしているカップルが、半年もかけてタフな婚前契約交渉をするくらいなら、そもそも結婚しないほうが賢明かも知れません。しかし、育ってきた環境が違うなら、すれ違いが起こるのはしょうがないことです。必要にして最低限の準備をしておくことは、全ての当事者にとってマイナスにはならないでしょう。そしてなによりも、JVを運営していくにあたり、すれ違いや当初仮説のずれは双方で必ず発生するものと受け止め、デットロックに至る前に誠意をもって話し合いを重ね、JVの長期的なビジョンやゴールを正しく共有して並走していく不断の努力が最も大切です。
- By 西澤龍
- 7月 07, 2024
- エスプリの効いたM&A用語集