ドナルドトランプ大統領候補の公約「Agenda47」を紐解いたら、「もしトラ」後の世界が見えてきた。


 スーパーチューズデーが終わり、共和党予備選ではトランプ前大統領が完勝。共和党の大統領としての地位を事実上確定しました。今後は、民主党の現職大統領であるバイデン氏との11月の本選に向けた戦いが激化していくことになります。見た目上は圧勝に見えますが、まだまだ不確実性は高く、「ほぼとら」とまでは言えない状況です。

■「もしトラ」が「マジトラ」となった場合の影響はやはり大きい
 「もしトラ」が現実のものとなった場合、その影響はやはり非常に大きいでしょう。トランプ氏がもしホワイトハウスに復帰したらどのような影響があるのでしょうか。弊社の分析では、トランプ氏は、「とても分かりやすい」政治家です。支離滅裂に語っているようで、基本的な考え方や政策の柱は年単位でウォッチしていてもほとんど変わりません。

このコラムでは、彼がプロレス興行のマーケティングから学んだであろう「トラッシュトーク」の影響や、メディアで流通する様々な先入観を排除し、まずはその主張を客観的に整理し、トランプ再任後の世界を予測します。

■トランプ氏の公約・演説集「Agenda47」
 現時点でトランプ陣営は、成文化され体裁が整えられた「本公約」のようなものは発表していません。しかし、トランプ氏のウェブサイトには、「Agenda47」というコーナーがあり、ここでは選挙演説の内容をはじめとした実質的な公約が公開されています。このアジェンダを分析し、弊社の視点でまとめたものが冒頭のチャートとなります。このように整理してみると、「とてもシンプルな政策体系」の全体像が見えてきます。

Agenda47を機械翻訳したファイルはこちからDL可能

■税収を増やし、支出を減らし、再配分する
 トランプ氏の公約を読み解くと見えてくるのは、ビジネスマンらしい徹底した経営目線です。すべての公約が、税収増、支出減、再配分、という3つのカテゴリーに分類できます。(カテゴライズは弊社判断)。国家運営は税金を使った投資事業である、という視点が非常に鮮明です。

通常、政治家の公約は、理念先行で抽象的になることが多いといえます。しかし、トランプ氏はそういうタイプではない。氏の頭の中には、常に国家財政の損益計算書が鎮座しているようです。このように読み解いてみると、トランプ氏の公約はそれなりに「リアリティを感じさせるもの」と捉えることもできます。そして、その実行力は前任時代にすでに証明済みです。トランプ氏が当選した場合の政策は、ほぼこの「Agenda47」に則って確実に遂行されるでしょう。では、彼は何をしたいのでしょうか。中身を見ていきましょう。


■税収増は、増税ではなく、関税強化で達成する。対中関税60%は「ほぼ確実」
 トランプ氏の国家運営ビジネスにおける全ての出発点は、「税収の拡大」です。これを彼は、国内有権者への増税ではなく、中国を筆頭とする諸外国への関税強化により、実現しようとしています。根底には、中国が為替操作国であるという認識があります。変動為替相場ではありえないほど元が安く誘導・操作され、それを中国が自身で是正することがあり得ない以上、その差分は関税で補填すべき。これがMAGAビジネスにおけるトップライン成長実現のための、最重要戦略です。具体的な対中関税60%も、単なる数字遊びとは思えません。恐らくすでに現在のドル元為替水準や、実際に高関税化を実行した場合の税収シミュ―レーションもある程度行った結果でしょう。

 例えば過去の日本を例に出してみます。1980年代、プラザ合意において日本円が固定相場制から変動相場制に移行した際、日本円は5年で80%近く切りあがりました。プラザ合意は、貿易不均衡の是正という名目での、「対日経済制裁」の側面があったことは今やだれも否定しないでしょう。

 この時のような「経済制裁効果」をトランプ政権が狙うならば、対中関税60%は単なる数字遊びやブラフとは言えないでしょう。弊社は、トランプ大統領が再任した場合、「対中関税60%」はかなり高い確率で実行に移されると予想しています。

 但し、タフな交渉者であり、ディールジャンキー(取引中毒者)を自任するトランプ氏が、この60%関税の前に、なんらかの「ディール」を中国に仕掛ける可能性はあります。それが、台湾情勢をめぐるものなのか、中国の米国内における諜報活動に関するものなのか、あるいはほかの材料なのかは分かりません。ここは、今後のトランプウォッチの焦点のひとつといえます。

■日本の対米輸出にも高関税が課される可能性は十分にある。
 トランプ氏の関税政策の影響を受けるのは、実は中国だけではありません。全ての国が影響を受ける可能性があります。Agenda47では、既に1年以上前から一貫して、「中国以外を含むすべての国からの輸入品に、数%~10%内外の関税をかける」ことが公約として述べられています。これは最近の演説でも取り上げられており、現在に至るまで一貫した主張です。結果次第では日本企業のサプライチェーンにも甚大な影響が及ぶ可能性があります。

一方で、これについては、相手国が米国からの輸入に対する関税を撤廃すれば、それに応じて対米輸出に対する高関税化も配慮するといった発言があり、今後の交渉余地があるような発言もしています。日本も、現在米国からの輸入に関税をかけている農産物を中心に、2025年以降ハードな二国間交渉に巻き込まれる可能性は多いにあります。

■環境エネルギー政策の180度転換もほぼ確実
 Agenda47のもう一つの目玉は、言うまでもなく「エネルギー政策の180度転換」です。これは、MAGAビジネスの事業計画上は、一義的には「コスト削減戦略」として位置づけられます。氏は、民主党のグリーンニューディール政策により、補助金をはじめとするあらゆる「無駄な」税金が投入され、結果的にそれはエネルギーコストの上昇と現在の激しいインフレの元凶となったという認識しています。これらの支出は全て削減の対象とし、まずは支出を抑える。これが氏の戦略のもう一つの柱です。

 しかし、エネルギー政策の転換の狙いはもちろんこれに留まりません。氏は、関税による増収と環境コストの削減により得られた原資を、シェールオイルやLNGの増産に大きく振り向けるとしています。そして、米国を完全エネルギー自給国からさらにエネルギー輸出国として再構築し、米国のエネルギー価格を「世界最低水準まで引き下げる」と公約しています。そしてこれにより、史上類を見ないインフレを終息させ、国内産業を復興させることを繰り返し述べています。

 つまり、Agenda47では、エネルギー政策の転換は単なるコスト削減ではなく、化石燃料への再投資とそれによるインフレの鎮静化、そして国内産業の復興という2次、3次のシナジー効果を狙った「最重要戦略」です。氏がもし再選した場合は、この戦略は「直ちに」「大いなる実行力を伴って」遂行されることはほぼ間違いありません。

 ■世界的なエネルギー価格の低下により、ロシアの戦争原資を断つ
 更に弊社は、氏のエネルギー政策は、実はもう一つの大きな目的があるのではないかと推察しています。それは、ロシア経済に打撃を与えることです。

トランプ氏は、ウクライナ戦争への援助支出は、「無駄な支出」と位置づけており、再任した場合は、この戦争への関与を打ち切る姿勢をはっきりと見せています。しかし、「24時間以内に終結させる」と主張するその具体策は現時点で明らかになっていません。

 確かに、「アメリカファースト」の視点に立てば、ウクライナへの関与は税金の無駄遣いでしょう。しかし、武力によって国境を書き換える独裁者の行為に対して、一度は国としてコミットしたウクライナの防衛を撤回し、すごすごと退却することは、トランプ氏が重視する「偉大なアメリカ」の理念を大いに貶めるものではないのか。ここが、氏の真意が未だ読めない部分です。

 弊社の推察では、氏が再任した場合は、やはり米国はウクライナ戦争への関与から直ちに手を引く可能性が高い。そしてその後、ウクライナがEUからの支援を中心に何とか持ちこたえている間に、トランプ氏は、石油化学燃料の増産とエネルギー価格の低下戦略を全力で推進するのではないかと予想しています。現在、ロシアの戦争遂行能力を支えているのは結局のところ資源国としてのエネルギー輸出(中国やインド向け)です。現在の資源価格の高騰はロシアを大いに潤し、イランや北朝鮮、あるいはその他の国から武器を購入したり、国内経済をかろうじて維持したりするための原資となっています。しかし、「もしとら」の実現が原油価格の大幅な下落を招いた場合、ロシア経済にも大きな影響が出る可能性があります。

 このほかにも、イスラエル情勢をめぐる今後のトランプ氏の動向など、「もしとら」が今後に与える影響因子はまだまだ多くあります。弊社では、2024年最大の世界的イベントとなる米国の大統領選の動向を、「ドナルド・トランプが何を考えているのか」という視点で継続的に分析していきます。

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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARNERS株式会社設立。代表取締役就任。
日本証券アナリスト協会検定会員
日本ファイナンス学会会員

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