ギガキャストがもたらす衝撃 ~アルミダイキャストのイノベーションは自動車業界をどのように変革するのか~


先日、東京モーターショーから装いを改めた「ジャパンモビリティーショー(JMS)」が東京ビックサイトで開催されました。最後の東京モーターショーはコロナが始まる直前の2019年11月に開催され、これを最後に4年間東京での国際的なモーターショーは開催されていませんでした。今回JMSとなり、最後の東京モーターショーでは不参加となったドイツ勢も再度登場し、入場者130万人と盛況でした。

 弊社も各社のブースをしっかりと視察してきましたが、この4年で自動車という乗り物の社会的位置づけが大きく変わったと感じました。もちろん、内燃機関から電動化へという大きな流れの中で、モビリティの位置づけが大きく変わってきたことがその要因です。JMSの来場者は、東京モーターショーの影の主役でもあった写真愛好家や車オタクではなく、家族づれのファミリー層が非常に多かった印象です。ライフスタイルや社会の在り方そのものと自動車が今後40年、50年かけてどうかかわっていくのか。JMSはそういった大きなテーマをしっかりと見据えた非常に活気あふれるイベントでした。

■ギガキャストの衝撃
 その中で印象に残ったトピックスを一つ挙げましょう。それは、トヨタ自動車ブースに展示されていた「ギガキャスト」によるアルミ鋳造部品です。冒頭の写真はギガキャストマシンにより一体成型された自動車の後輪部分の躯体部品です。実物は想像以上に大きなものでした。また、複雑な構造を精密に成型していました。

これだけ大きくて複雑なものを一回の鋳造で成形することにより、これまでと比べて大幅に部品点数を減らせる可能性があります。当然それは既存の関連部品メーカーにとっては大きな脅威です。良く知られている通り、この方式はテスラが最初に本格導入し大成功を収めました。今、トヨタをはじめとする各社も、特にEV向けの躯体に採用すべく急ピッチで研究開発を進めています。

■イーロンマスクは、子供のミニカーから発想した
最近出版されたイーロンマスク氏の自伝(ウォルターアイザックソン)に、マスク氏がギガキャストを着想したきっかけが描かれています。マスク氏は息子のエックス君(正式名:X Æ A-12)が持っているミニカーを眺めながら「どうしてこれができないのか?」と問題提起したのだといいます。ミニカーはほとんど場合、車体自体が一体成型されています。実物の車だってできるだろう、というのがマスク氏の思いだったようです。しかし、これは自動車部品製造の常識からはかけ離れていました。

■鋳造(Casting)と鍛造(Forging)の違い
 自動車などの部品製造においては、鋳造と鍛造という2つの方式がよく採用されます。両者の違いは、製造方法と製品特性に深く根ざしています。鋳造は、金属を溶かして液状にし、これを事前に設計された型に流し込むプロセスです。この方法は、複雑な形状や独特なデザインを持つ部品を効率的に生産するのに適しています。自動車のエンジンブロックやギアボックスのハウジングなど、大規模生産に適した部品の製造によく用いられます。しかし、鋳造部品は鍛造部品に比べると、微細な気泡や不純物が内部に存在することがあり、これが強度や耐久性に影響を与えることがあります。つまり、ギガキャストで超大型の部品をつくると、主に強度の問題に直面することになります。

一方、鍛造は金属を高温に加熱し、圧力をかけて形状を変えるプロセスです。この方法では、金属の内部構造が改善され、部品の強度と耐久性が向上します。特に、車軸やコネクティングロッドなどの負荷が大きい部品には、この鍛造が好まれます。鍛造は、特に安全性が重要な部品や、高いパフォーマンスが求められる部品に適していますが、鋳造に比べるとコストが高く、製造プロセスが複雑です。

■常識を覆して、躯体の三分の一を一体成型することに成功
 この常識を覆して、テスラは超大型アルミ躯体の一体成型(ギガキャスト)に成功してしまいました。電気自動車は、バッテリーが非常に重いため、車体本体をいかに軽くできるかが勝負です。アルミは、その軽量性から電気自動車にとって非常に重要な素材であり、加工可能性や再利用可能性も非常に高い優れた素材です。

■一方で、修理が難しくなり維持コストが爆増する可能性も
 
一方で、これだけの大型アルミ躯体を利用した場合、別の懸念も想定されます。例えば事故でこのアルミダイキャストに亀裂が入ったり変形やゆがみが生じたとしましょう。恐らく、修理は相当困難です。ダイキャスト躯体そのものを交換するとしたら修理代は車両1台分に匹敵するほどの高さになる可能性もあります。EVは、そもそも一度事故が起きた場合に修理が非常に難しい車両です。ソフトウェアと一体開発されており、対応できるメカニックが限られます。また、発火リスクが高いリチウムイオン電池を動力とするEVを、しっかり修理せずに利用し続けることは非常な危険も伴います。ギガキャストにはこのようなリスクを将来顕在化させる可能性も感じられます。

 

■ただでさえ少なくなる部品点数がさらに少なくなる脅威
 但し、良く知られている通り、電気自動車は、複雑な内燃機関をモーターに置き換えるため、エンジン関連部品だけで相当な部品点数の削減になります。これに加えて、躯体そのものをギガキャストで一体成型すると、これまで個別の部品の組み合わせで製造されてきたエンジン以外の部分も、相当な部品点数の削減になります。故障や修理のリスクはあるものの、ギガキャスト部品の大きさと精巧さを目の当たりにすると、これは特にTier2、Tier3のサプライヤーにとっては極めて大きな影響になる可能性があると感じます。今後数年で、新規領域への進出含め、事業のリモデリングを果たすことができるかどうか。多くのサプライヤーに残された時間は多くないと感じさせられるジャパンモビリティ―ショーでした。

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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARNERS株式会社設立。代表取締役就任。
日本証券アナリスト協会検定会員
日本ファイナンス学会会員

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