空前のSPACブームを読む。~新しいIPOの形はスタンダードになるのか~


米国でSPACによるスタートアップ買収が相次いでいます。SPACを通じた株式公開は、米国を中心にここ数年で一気に拡大しています。SPACは新たなファイナンスイノベーションなのか、それとも究極の金余りが生んだ新たなリスクなのか、まだ定まった評価があるとは言えないでしょう。今回のコラムでは、このSPACディール増加の背景と今後について考察してみます。

    「ファイナンス」なのか「イグジット」なのか。それが問題だ。

SPACについて日本で解説される最も一般的な言い方は「IPOの新たな形」という表現です。IPOとは、Initial Public Offering ですから、直訳すれば「最初の公募」です。つまり、IPOをする法人格(発行体)に、原則として公募増資により市場から調達した資金が払い込まれるという意味で「資金調達行為」であり、「ファイナンス」です。

しかし、SPACスキームの場合、SPACが調達した資金の多くは、原則としてターゲット(SPACに買収されることを望むスタートアップ)の既存株主に、株式譲渡の対価として支払われます。スタートアップは、(まともなVCと付き合って成長しているならば)、普通は創業者が最大株主としてオーナーシップを持っています。つまりSPACがターゲット企業の筆頭株主として実質支配者になり、SPACとターゲット企業の合併を主導するためには、原則として創業者から持ち分を買取る必要があります。これは創業者から見ると「イグジット」にほかなりません。

    普通のIPOは「ファイナンス」が主。「イグジット」は従。
もちろん、通常のIPOにおいても、創業者は創業利益を得るために、一定の保有株式を売り出しに回すことは一般的です。これに既存投資家(VC)のイグジット分等も含めた売出分と公募増資分を合算した額が、いわゆる「公開規模」になります。この点においては通常のIPOにも「イグジット」の側面は確かにあります。IPOは程度の差はあれ、多くは「ファイナンス」と「イグジット」のハイブリッドディールといえます。しかし、通常のIPOはあくまで「ファイナンス(調達)」が主で「イグジット(売却)」は従であることに異論の余地はないでしょう。


    SPACディール161社中.130社が「ほぼイグジット」案件(筆者分析)
 筆者は、SPACが最も通常のIPOと異なる点は、実はここにあると分析しています。2018年~2020年にかけて、SPACが買収したスタートアップ161社(SPACとターゲットの連結業績が2期以上開示されている会社(SPACとターゲットが合併済か否かは問わず))の株主構成を分析したところ、実にその約75%に当たる130社で、筆頭株主が投資ファンドや機関投資家になっています。

つまり、この点にフォーカスして敢えて単純化するなら、SPACディールとは、スタートアップの創業者が、SPACに創業者持ち分を売却することで、創業者利益を確定させてイグジットすると同時に、経営をプロ投資家やプロ経営者にバトンタッチする「イグジット/リキャップ(株主構成再構築)」ディールである。これが今のところ筆者の分析です。

もちろん、SPACとターゲットが買収後に合併することにより、SPACが調達した資金の一部はターゲットの成長資金として活用されるはずです。従って、SPACによる資金調達に「ファイナンス」としての側面があることも確かです。しかし、現時点での筆者の分析では、多くのケースにおいて、「ファイナンス」の要素より「イグジット」の要素が強い。

    なぜ起業家はSPACイグジットを選ぶのか
 では、筆者のこの分析が正しいという前提に立つ場合、なぜ米国の起業家は伝統的IPOではなく、SPACを活用したイグジット(又はセミイグジット)を目指すのでしょうか。ここからは完全に筆者の想像になりますが、いくつかポイントを挙げてみます。

    創業者は、事業会社に売却するより、SPACに売却した方が高く売れるはず
 米国では、スタートアップのイグジットの9割がM&Aだというのはよく知られた事実です。しかし、スタートアップのM&Aに関与しているとよく分かりますが、M&AとIPOではイグジット価格に大きな差が出ます。いうまでもなく、M&Aのバリュエーションの方が、IPOのバリュエーションより低くなるケースが圧倒的に多い。

この理由を詳しく分析するのは本稿の主目的ではありませんが、ざっくりいうならば、買収のリスクを単独の事業会社が引き受けるより、広く一般投資家に分散した方がリスクを負担し易い、という点がまず挙げられるでしょう。

また、事業会社がM&Aを検討する場合、そもそも自社の戦略に合致していないと検討すらしてくれない、という点が挙げられます。米国では、起業家の多くが「GAFAにイグジットする」前提で起業すると言います。これが都市伝説なのか、本当なのかは筆者には分かりませんが、「GAFAにイグジットする」のであれば、GAFAの長期戦略に合致した事業であることが前提となります。

しかし、GAFAの戦略も常に変わりますし、スタートアップも多くの場合ピボットを繰り返します。成長を実現した事業が、GAFAの戦略にうまいこと合致して、タイミングよく、高値で売却できる確率はかなり低いといえるでしょう。これは、イグジット先がGAFA以外であっても、基本的には同じです。スタートアップ創業者がイグジットしたい時に、事業会社にタイミングよく、IPOと遜色ないような価格でサクッと買ってもらうのは、とても難しいのです。

    会社を「デカくする」ことに興味がない。
 また、創業者には、かなりの確率で「経営に興味がない」人がいます。こういう人にとって、IPOした上でさらに会社を経営してデカくすることに情熱を持てない、というケースも多いのではないかと考えられます。言ってみれば、日本でいう上場ゴールに近いのかも知れません。規模は違えども、創業者とは多かれ少なかれそういう要素があるのは日本も米国も本当は同じなのではないかという気もします。

    SPACは、創業者にとってIPOとM&Aイグジットの「いいところ取り」
 このような起業家にとっては、これまでは事業会社へのM&Aがほぼ唯一のイグジットの選択肢でした。しかし、前述のように、事業会社へのM&AはIPOと比べて評価額が低く、しかも多くのケースの場合、ロックアップやアーンアウトなどという面倒なものまでくっついてきます。

死んだマグロのような目をしながら、事業会社の子会社で、雇われ社長として貴重な人生を何年も浪費するなんていまさら耐えられない。そういう創業者にとって、IPOに近い価格で持ち分を買い取ってくれて、キレイに経営のバトンタッチができるSPACイグジットは、第三の選択肢としてかなり魅力的なのではないか。

    SPACディールで、米国スタートアップエコシステムは加速するかも。
 筆者の分析が一定程度の正鵠を得ているならば、SPACディールが増加することで、創業者はより満足のいく条件でのイグジットを選択でき、より多くの創業者利益を獲得することになります。これは、イグジットした創業者が連続起業家になる場合も、エンジェル投資家になる場合も、プラスに働くことは間違いないでしょう。

また、SPACスキームの場合はほとんど場合、ターゲット企業の株式を100%買収する(合併の時に少数株主が残っているといろいろ面倒くさいため)と考えられます。創業者が上場後も株式を持ちたい場合は、いったん株を売却して、SPACに再出資する形になるでしょう。つまり、ターゲット企業を支援してきたベンチャーキャピタルも、創業者とおなじ条件で完全にイグジットし、利益を確定させると思われます。
SPACへの売却を通じて獲得されたより巨額の創業者利益や、ベンチャーキャピタルのリターンが、さらに新たなイノベーションに、「より短いサイクル」で、「より大きく」再投資されれば、米国のスタートアップエコシステムはさらに強固になるかも知れません。嗚呼、なんと恐ろしいことでしょう。

    SPACの「通説」に対する若干の疑問提示
 では、これまでの分析を前提として、SPACについて巷で言われる分析についても少し触れてみます。SPACについて今のところ多くいわれているのはおおよそ次の点でしょう。

    通常のIPOより審査が緩い、早く上場できる(裏口上場)
    証券会社に引受手数料をたんまりと抜かれるのはいやだ(直接上場)

 既存のSPACに対する評価・議論は、特に日本ではこの2点に大体集約されるのではないかと思います。確かに裏口上場も、証券会社の「中抜き」も、既存のIPOの問題点を表していることは確かでしょう。しかし、SPACをIPOの一形態とだけ捉えてしまうのではなく、「イグジット」ディールとしての側面にも目を向ければ、全体像を見誤る可能性があります。

    SPACに買収されたスタートアップの「その後」はどうなるのか
 最後にもう一つ。SPACで上場し、創業者がプロ経営者にバトンタッチするだろう多くのスタートアップは、その後どうなるのでしょうか。おおよそ3つのストーリーが考えられます。

ケース1:創業者のカリスマ性や特殊能力、起業家精神で牽引されてきたスタートアップが、起業家精神を失って「普通かそれ以下のつまらない会社」になるがそれなりに存続していく。

ケース2:「創業者の独断と偏見、独善により「偏ったいびつな会社」が、「大人のプロ経営者」にバトンタッチして、「株主の期待にこたえ続ける優良企業」として発展していく。

ケース3:もともと、独自の優位性も競争力もないスタートアップが、創業者の「イグジット」でうまく売り抜けただけの「張り子の虎」であることが衆目にさらされ、粉飾、訴訟などのトラブル続出で投資家に損害を与える。

    SPACはPEの新たな「飯のタネ」になるか。まずはお手並み拝見。
どのケースが結局SPACの「主流」となるのか。鍵を握るのはやはりSPACの組成者、リード投資家でしょう。SPACは、例えばVIRGIN創業者のリチャードブロンソンのようなスーパー連続起業家が中心となって組成するように理解されているかもしれません。しかし、SPACのアレンジャーを見てみると、実はバイアウトファンドのプレイヤーが非常に多いことに気が付きます。EYの調査では、直近15カ月に組成されたSPACの10%はPEによるものです。PEは、もともと買収目的会社を活用したLBOのプロです。SPACのようなストラクチャーは、PEにとってある意味勝手知ったる世界です。

 しかし、スタートアップは多くが赤字であり、伝統的LBOはあまりなじまないでしょう。SPACの多くは、ノーレバレッジ(買収資金にローンを活用しない)スキームで組成、運用されているようです。

つまり、SPACに参入したバイアウトファンドは、基本的にはこつこつと買収したスタートアップの価値を向上させていく必要があります。その結果が、上記のケース1~3、いずれになるかは、あと5年もすれば明らかになるでしょう。その時、PEどのような手法で投資のイグジットを実現するのか。PIPEsなのか。「会社転売ヤー」の本領を発揮し、ターゲットを再度非公開化することよってさらにLBOでもさらにたんまりと儲けを狙うのか。その手法も含め、まずは「お手並み拝見」フェーズだというのが、SPACの現在地といえるでしょう。

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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARNERS株式会社設立。代表取締役就任。
日本証券アナリスト協会検定会員
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