テスラに肉薄するBYD。中国民族EVメーカー勃興の背景を探る。


 2021年以降、電気自動車の話題がニュースにならない日はありません。電気自動車(EV)は街中でもしばしば見かけるようになりました。電気自動車は、いわゆるキャズム(普及に至る変化点)を超えて、普及期の入り口に入ったのでしょうか。市場成長が報じられる一方で、バッテリーに用いられる希少金属供給の持続可能性や、その採掘現場における人権問題、アルミ一体成型ボディが破損した場合の修理代の高騰(即廃車になるケースも多々あります)など、始まったばかりの電気自動車市場には、まだ顕在化していない不確実性が多く存在するのも確かです。

■電気自動車はキャズム(普及に至る変化点)を超えたか。
ニュースでは連日取り上げられる電気自動車。しかし、日本ではまだどこか対岸の火事、といった雰囲気が大勢を占めているように感じます。では世界では本当のところどうなのか。やはりデータを理解することが第1歩ではないかと感じます。

■世界EVランキングで存在感を示す中国系メーカー
全世界のEV販売における中国市場の存在感を確認するため、全世界のEV販売台数ランキング上位3社のデータを詳しく見てみましょう。そして、それぞれのメーカーがどれだけ中国市場に依存しているかを見てみます。

まず、トップメーカーであるTeslaについて。Teslaは21年以降全世界で363万台以上のEVを販売していますが、そのうち45.7%が中国市場での販売です。Teslaの全世界の販売のほぼ半分がすでに中国市場に依存しているのは、この市場を理解する上で重要な前提といえます。

次に、比亜迪汽車 (BYD)と五菱 (Wuling)です。世界販売台数はそれぞれ約188万台と114万台ですが、そのうち97.7%と99.1%が中国市場での販売となっています。これは、比亜迪汽車と五菱がほぼ全販売を中国市場で達成していることを示しています。これは、中国の自動車メーカーが全力でEV化を推進していることが数字の結果として表れていることを意味します。一体なぜ中国はここまでEV化に全力を注ぐのでしょうか。すでに多くで語られていることですが、ここで改めて整理してみましょう。

■自動車産業の育成は、中国共産党100年の大計
自動車を国内の基幹産業に育てることは、中国共産党の悲願であり、国家100年の大計の中核を為すものでした。1970年代以降の改革開放路線の流れの中で、中国はあらゆる努力をしてきました。最も象徴的なのは、外資系自動車メーカー、自動車部品メーカーとの合弁です。

巨大な中国の市場を自社の成長に取り込みたい世界の自動車メーカーと、中国政府との思惑は一致しました。外資企業は中国政府の厳しい規制を受け入れ、数百社、数千社にも及ぶ合弁企業を立ち上げました。全て、外資の出資比率が50%以下に制限された上での中国企業との合弁です。

中国はこの合弁を通じて、内燃エンジン型自動車の技術を学び(あるいは模倣し)自国のものにしようと努力してきました。こうした取り組みが、一定以上の成果を上げたのは間違いありません。しかし一方で、これにより中国の国営、あるいは民族系の自動車メーカーが、世界のトップ10に躍り出るようなことは結局ありませんでした。なぜか。弊社の分析では、それは、合弁相手の外資系メーカー(VWやGM、あるいはトヨタなどを指します)も、高度な内燃エンジンの本当の基幹技術を、中国に易々と渡すことはしなかったからです。

 外資系メーカーは、コアとなる部品は極力海外から持ち込むなど、ぎりぎりのところで技術流出の防止に努めました。また、複雑に絡む編み目のような部品供給網を全世界で構築し、高度なエンジン部品を安定的に調達し続けるためのサプライチェーン戦略の構築も、中国系メーカーにとっては至難の業でした。中国系メーカーは結局最後まで、内燃エンジン自動車で世界に躍り出ることはできなかったと結論づけて良いでしょう。品質の高い車を少量生産することはできても、それをグローバルに大量生産することはできません。これこそが、中国がEV化を全力で推進する理由であり、推進できる理由でもあります。

■EVは、中国にとって「環境問題」ではなく「国家戦略の柱」
EVは、これまでの車と根本的に異なる構造であることはいまさら言うまでもありません。内燃エンジン車の成功体験がなく、結果的にレガシーコストが小さい中国資本からしてみれば、それらに縛られずに進出できるEVはとても魅力的な市場です。また、EVに用いられるバッテリー技術や電気制御、コンピューティング技術などは、中国が世界の工場の時代から培ってきた競争優位性を発揮できる領域でもあります。こうした背景からも、中国にとってのEVとは、単なる巨大市場という意味を超えた「絶対に負けられない市場」といえます。

冒頭のグラフからも中国の電気自動車市場がいかに特異な構造かが良く分かります。中国のEVメーカーは、ほぼ100%中国でしか製造・販売しかしていないにも関わらず、世界販売ランキング20社のうち、すでに半数以上(12社)を中国メーカーが占めています。そもそも世界の自動車市場の3割は中国です。そこでEVの存在感を示せば、おのずと世界ランキングでも上位に位置づけられることになります。この構造が端的にデータに表れているといえます。

事実、世界ではVWやBMWもEVである程度の存在感を示していますが、中国では後塵を拝しています。(日系OEMはほぼ存在感がありません)。
電気自動車市場は、様々な思惑やポジションにより、正しく解釈し、将来を予測することが非常に難しい市場です。弊社はこのテーマに対して、今後もデータを読み解き、客観的な視点を提供していきます。

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GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARNERS株式会社設立。代表取締役就任。
日本証券アナリスト協会検定会員
日本ファイナンス学会会員

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