
2025年2月第1週に、日米首脳会談が開催されました。トランプ大統領と石破総理との間で、安全保障から経済問題まで広範なテーマが話し合われました。このコラムで取り扱っている日本製鉄によるUSスチール(USS)の買収交渉も、議題に上がったようです。今回のコラムではこの会談結果を踏まえ、今後考えられ得る展開を予想してみます。
■買収はだめ、投資ならよい。これをどう解釈するか。
現時点でメディアを通じて明らかになっていることは、トランプ氏は「買収はだめ。投資ならよい」という意向だということです。この話は、既に日鉄と日本政府が協議したうえで、日本政府側から提案した話なのか、それとも会談の中でトランス氏側から出てきた話なのか。詳細は定かではありません。しかし、少なくとも日鉄が議決権の過半を握ることは認められないということでしょう。そして、その一方で米国への「投資」は歓迎であるという意向も明らかにされています。では、過半数の議決権取得(買収)ではなく、「投資」なら成立する、という条件を満たし、本件を前に進めようとするならば、どのようなスキーム、ストラクチャーがあり得るでしょうか。
今回の交渉では、日本製鉄のファイナンシャルアドバイザーはシティーグループ、と伝わっています。一方のUSスチール側のアドバイザーはバークレイズとゴールドマンサックス。世界最高峰の頭脳集団が、本件を成立させるべくどのような解決策を見出すのか。これもまた本件の大きな見どころといえます。このような案件に関与できることは、世界屈指の投資銀行といえども二度とないような名誉であり、同時に大変なプレッシャーでしょう。弊社もM&A業界の片隅に生息している者として、どのような解決策があり得るか、考察してみたいと思います。
■イグナイトの解決案:米国政府と日本製鉄がUSスチールを共同買収(国有化)して非公開化し、10年以内に再上場させる。
最初に結論を書きます。弊社が考える最も望ましい解決策は、米国政府が日本製鉄と共同でUSスチールを共同買収(一時国有化)し、両者の力でUSSの再成長を実現したうえで、米国市場への再上場を図ることです。このスキームでは、まず日本製鉄が、買収目的会社(仮称:MAGA Dream 、以下(MD))を設立します。米国政府は、MDが発行するClassA株式を引き受け、議決権の51%を保有します。そして日鉄は、普通株式発行による増資を引き受け、買収資金をMD社に充填します。この時点で両者の議決権比率は51対49です。(米国政府が引き受けるClassA株式及び日鉄が引き受ける普通株式の評価額や、付与すべき議決権の倍率(普通株式の100倍~1000倍?)は、詳細な分析が必要なためここでは割愛します)。
そして、MD社がUSスチールに対するTOBを実施して非公開化したうえで、USスチールとMD社が合併します。合併後新生USS(新USS)も米国政府が51%の議決権を持つため、日鉄が買収したことにはなりません。日鉄は49%の議決権しか握ることはできませんが、共同買収相手が米国政府であれば、米国での事業における事業発展において十分に理があります。損得比較衡量して受け入れることができる可能性もあるでしょう。
このスキームで最も重要なことは、IPOまでのロードマップを見据えた両株主(米国政府と日本製鉄)の株主間契約、そしてIPOに向けた資本政策です。特に重要となるのは、米国政府が持つClassA株式のサンセット条項でしょう。サンセット条項とは、一定の条件(期限の利益やトリガーへのヒットなど)に該当した場合に、株式のデュアル構造を解消し、あらかじめ定められた条件で普通株式に転換する条項のことを指します。例えば、IPOが可能な状態にもかかわらず、米国政府が合理的な理由なくこれを拒む場合、ClassA株式の効力が消滅するようなサンセット条項を入れることも理論的には可能でしょう。
そして、このスキームにおけるサンセット条項で最も重要なのは、USSが再度米国市場にIPOする際には、米国政府の持ち分が普通株式に転換されることです。この転換が起きたタイミングで、USSの最大議決権保有株主は米国政府から日鉄に代わり、日鉄は最大株主として上場後のUSSを持分法適用会社とし、関与し続けることが可能となります。持ち分比率は、単独拒否権を持つ33%以上49%以下が一般的でしょう。新USSは日本製鉄と米国市場に参加する投資家が共同で保有する上場会社となりますが、議決権の過半は誰も持たない状態となります。これなら、USSは日鉄に「買収」されたことになりません。上場を維持したままUSSにマイノリティ増資するのと、仕上がりの形としては変わらないといえるでしょう。
また、米国政府は転換された普通株式を株式公開時、あるいは上場後の市場で段階的に売却することで、売却益を得ることができる可能性があります。このスキームが成功した場合、新USSの価値はこれまでより向上しているはずであり、そうであれば米国の国庫に入る売却収入はそれなりの規模になる可能性があるでしょう。希代のディールメーカーであり、税収を増やしたいトランプ氏にとっても良い取引になる可能性があります。
■合弁やマイノリティ出資は日本製鉄が受け入れられない。
「買収」はだめで「投資」ならよい。このようなケースはM&A取引においては日常的に起きる議論です。このような場合、通常最も多い解決策は、合弁会社の設立、あるいは上場を維持したまま行われるマイノリティ出資(PIPEs)です。しかし、今回のような超大型案件では、そのような可能性は初期的な段階で議論しつくされてるのが常です。それでは本質的な解決にならないという結論のもと、大々的な売却プロセスが進行している可能性が高い。それをいまさら元の議論に戻って日鉄が受け入れ可能なスキームが見つかるとは思えません。もちろんそのような「後退」で本件が決着する可能性もあり得ますが、それでは名だたる投資銀行家としては面白くないでしょう。
■共同国有化→再上場スキームのリスク
もちろん、国有化→再上場スキームにも、当然様々なリスクが存在します。仮に非公開化までうまくいったとしても、USSの再生と再成長が実現できず、IPOストーリーが描けなく可能性もあります。もっと大きいのは米国の政権交代リスクです。非公開化から再IPOまで、すべてがうまくいけば第2次トランプ政権の期間中に再上場まで実現することは理論的にあり得ます。しかし、通常のタイムスパンで考えれば5~8年はかかるでしょう。その時もし政権が再び民主党の手に渡っていれば、あらゆるトランプ氏のレガシー(遺産)は破壊の対象となるでしょう。スキームが暗礁に乗り上げる可能性があります。
しかし、日鉄が100年超の歴史の中で培ってきた「秘伝のたれ」(特殊鋼や高級材の研究開発製造能力)を全面的にUSSに注入して再生を実現することは、合弁やマイノリティ出資では恐らく不可能でしょう。弊社としては、この共同国有化と再上場のスキームは、残され可能性のひとつではないかと推察します。そして、このようなアイデアを考え得る、デュアルクラス株式という制度を米国が運用していることこそが、米国資本主義の柔軟性と拡張性の証であることも日本は学ぶべきでしょう。
- By 西澤龍
- 2月 10, 2025
- あのM&Aは、高いのか安いのか