今から1年と少し前の2025年4月。日本のグロース市場の上場維持基準の大幅な見直しが発表されました。あれから1年。その影響は、スタートアップエコシステム全体に大きな影響を与えています。
IPOの世界では初値や公開価格の話題が中心になりがちですが、上場はいうまでもなく、ゴールではなくスタートです。しかし一方で、上場時の時価総額が小さくても、その後大きく成長した企業があることも事実です。では、上場「後」に企業価値を最も大きく伸ばしたのはどんな企業なのか。今回は、上場時の時価総額(公開価格×上場時発行済株式数)に対して現在の時価総額が何倍になったかを示す「上場来 時価総額倍率」を物差しに、グロース市場(旧マザーズ含む)系の上場企業603社を集計し、上位10社の顔ぶれとその共通点を考察します。尚、この分析では、グロース市場(マザーズ時代も含む)に上場し、現在もグロース市場に上場している企業を対象とした分析です。上場後、プライムやスタンダードの市場替えした企業は含まれていません。大きな成長を成し遂げたグロース上場銘柄のほとんど(メルカリやSanSan等)は、早期にプライム市場に指定替えしていきます。従って、グロース市場銘柄だけを分析した本分析には一定の限界があることは前提として記しておきます。
さて、その前提に立った上で先に全体像を示すと、603社の時価総額倍率の中央値は約0.9倍。つまり半数以上の企業は、上場時に付いた評価を今も上回れていません。その中で10倍を超えた企業は、603社中10社(約1.7%)です。確かにこの状況は、「グロース市場」というその名前からすると少し寂しいと言わざるを得ない状況です。
上場来 時価総額倍率ランキング Top10
| 順位 | 企業名(コード) | 業種 | 上場年 | 公開価格 時価総額 | 現在 時価総額 | 時価総額 倍率 | 売上高 倍率 | 営業利益 倍率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ジーエヌアイグループ(2160) | 医薬品 | 2007 | 64億円 | 1,593億円 | 25.0倍 | 331.4倍 | —※ |
| 2 | エムビーエス(1401) | 建設業 | 2005 | 4億円 | 99億円 | 23.6倍 | 5.1倍 | 5.6倍 |
| 3 | コンヴァノ(6574) | サービス業 | 2018 | 21億円 | 443億円 | 21.5倍 | 7.7倍 | 11.1倍 |
| 4 | データセクション(3905) | 情報・通信業 | 2014 | 49億円 | 924億円 | 19.0倍 | 89.4倍 | 41.7倍 |
| 5 | Lib Work(1431) | 建設業 | 2015 | 9億円 | 154億円 | 17.7倍 | 4.7倍 | 5.9倍 |
| 6 | BuySell Technologies(7685) | 卸売業 | 2019 | 124億円 | 2,116億円 | 17.0倍 | 7.8倍 | 10.7倍 |
| 7 | FFRIセキュリティ(3692) | 情報・通信業 | 2014 | 27億円 | 427億円 | 16.0倍 | 5.0倍 | 5.3倍 |
| 8 | シンメンテホールディングス(6086) | サービス業 | 2013 | 15億円 | 222億円 | 14.5倍 | 8.1倍 | 10.0倍 |
| 9 | QDレーザ(6613) | 電気機器 | 2021 | 86億円 | 1,090億円 | 12.8倍 | 1.5倍 | —※ |
| 10 | cotta(3359) | 卸売業 | 2005 | 5億円 | 58億円 | 11.9倍 | 7.1倍 | 10.2倍 |
| (参考)市場全体の中央値(603社) | 60億円 | 59億円 | 0.92倍 | 1.6倍 | 1.5倍 | |||
※時価総額倍率=現在時価総額(2026年7月2日時点株価ベース)÷ 上場時時価総額(公開価格×上場時発行済株式数、公募増資分を含む)。売上高倍率・営業利益倍率=直近通期実績 ÷ 基準期実績。基準期は原則として上場直前期ですが、2005〜2007年上場の3社(エムビーエス・cotta・ジーエヌアイグループ)は当社データベースの財務収録が2008〜2009年開始のため、基準期が上場時点と数年ずれています。営業利益倍率の「—」は基準期または直近期が営業赤字のため算出不能(ジーエヌアイグループ・QDレーザはいずれも直近期営業赤字)。市場全体の中央値は、時価総額系が603社、売上高倍率が算出可能な591社、営業利益倍率が基準期・直近期とも黒字の400社を対象に算出しています。
共通点① 時価総額を押し上げたのは「利益の成長」
しかし、大きな時価総額の成長を実現した銘柄を分析してみると、まず目を引くのは、営業利益倍率の大きさです。営業黒字で倍率を算出できる8社のすべてで、営業利益倍率が売上高倍率を上回っています。コンヴァノは売上7.7倍に対して営業利益11.1倍、BuySell Technologiesは売上7.8倍に対して営業利益10.7倍、シンメンテホールディングスも売上8.1倍に対して営業利益10.0倍。売上の伸び以上に利益が伸びる、いわゆるオペレーティングレバレッジが効いた企業が上位を占めています。実際に営業利益率を比べると、コンヴァノは7.2%→10.3%、BuySellは6.6%→9.0%、cottaは3.9%→5.6%と、ほぼ全社で改善しています。
昔から、一般的なグロース銘柄の評価視点としては、「利益より売上成長が全て」という声があります。これも一定の事実でしょう。しかし、中長期的に時価総額が大きく成長し続けている銘柄では、売上の成長を上回るペースで、営業利益が成長している事実があります。
これは統計的にも確認できます。収録全銘柄で時価総額倍率との相関(対数ベース)を取ると、売上高倍率がr=0.42であるのに対し、営業利益倍率はr=0.51と最も高い説明力を示しました。時価総額は「利益×市場が与える倍率(マルチプル)」に分解できますが、マルチプルは市況に左右され長期では平均回帰しやすいことを踏まえると、10年単位で時価総額を押し上げる持続的なエンジンは結局のところ利益成長だった、という教科書通りの結果が、グロース市場の実データでも観察されたことになります。
共通点② 小さく生まれている
今回の分析で、売上・利益以外に説明力の高い指標を探したところ、最も明確だったのは「上場時時価総額の小ささ」でした(対数相関r=−0.31)。ランキング表に上場時時価総額を併記したのはこのためです。Top10の上場時時価総額の中央値は約24億円で、全体の中央値59.8億円の半分以下。エムビーエス4億円、cotta 5億円、Lib Work 9億円など、30億円未満が10社中6社を占めます(全体では21%)。
もっとも、これを「小型上場ほど有望」と読むのは早計でしょう。分母が小さければ倍率が出やすいという算術的な側面がありますし、何より全体の中央値が0.9倍という事実が示す通り、小さく上場した企業の大半は10倍どころか上場時の評価すら維持できていません。上位10社は数百社の小型上場の中から生き残った例外であり、ここには明確な生存者バイアスがあります。それでも、時価総額数百億円で上場した企業が25倍になるにはケタ違いの利益成長が必要である一方、数億円で上場した企業には「利益成長がそのまま倍率に転写される」余地が大きい、という構造の非対称性は指摘できると思います。また、10億を下回る公開価格で上場している銘柄は2015年以前に集中しており、今よりさらにスタートアップ市場が未成熟だった時代のIPO銘柄です。このような規模の新規公開は今後はさらに少なくなるでしょう。しかし、「小さく生まれたこと=絶対に大きくなれない」わけではない、というファクトが存在していることも、データが示す重要な事実です。
共通点③ 時間をかけている、そして意外なほど「地味」
Top10の上場からの経過年数は中央値11.6年(全体中央値5.0年)。最短でもQDレーザの5年で、直近1〜2年に上場した銘柄は一社も入っていません。時価総額を10倍にするのは、基本的に10年単位の複利の仕事だということです。
業種構成も示唆的です。医薬品1・建設2・サービス2・情報通信2・卸売2・電気機器1と見事に分散しており、その時々の人気テーマに乗った企業群ではありません。むしろ、特殊塗料による補修工法をFC展開するエムビーエス、低価格ネイルサロンを高効率オペレーションで多店舗化したコンヴァノ、飲食・小売店舗の設備メンテナンスを24時間体制で担うシンメンテ、製菓・製パン材料のECを深耕したcotta、デジタル集客で低価格戸建を伸ばしたLib Work、出張買取のリユースを全国展開したBuySell——と、ニッチな市場で再現性のある業務の型を作り、それを愚直に横展開した企業が並びます。派手さはなくとも、標準化と多店舗・多拠点展開で利益率を上げながらスケールする。共通点①のオペレーティングレバレッジは、こうした事業モデルの帰結とも言えます。
例外が教えてくれること — 利益成長より、売上成長と高い期待
一方で、この「利益成長ストーリー」に当てはまらない顔ぶれも上位にいます。首位のジーエヌアイグループは売上331倍(基準期の売上規模が極めて小さかったことも倍率を押し上げています)と急拡大した一方、直近期は営業赤字。9位のQDレーザに至っては売上1.5倍・営業赤字のまま時価総額12.8倍で、業績実績よりも量子ドットレーザ技術への期待が評価の中心にあると考えられます。4位のデータセクションも、ソーシャルメディア分析からAIデータセンターへと事業の重心を大きく転換したことが売上89倍という数字の背景にあり、「同じ事業を伸ばし続けた」他の企業とは性格が異なります。まさに、先ほど述べた「利益成長より売上成長」が市場の先行期待として表れている銘柄と言えます。
倍率上位には、業績(営業利益)で価値の成長を実証しながら評価を積み上げた「実証型」と、技術や事業転換への期待が先行する「期待型」が混在しています。後者は期待の変化がそのまま時価総額の変動になりやすく、同じ「10倍超」でもその中身と安定性は大きく異なる点には留意が必要でしょう。「グロース銘柄は利益より期待」を体現する2社ですが、その概念に該当したのは意外にも全体で見ると、トップ10の2社しか存在しないことも面白い発見かも知れません。
おわりに
上場時の評価を10倍以上に伸ばした10社を並べてみると、浮かび上がるのは「小さく生まれ、ニッチで再現性のある型を作り、売上以上のペースで利益を伸ばしながら、10年かけて大きくなった」という、地味ながら強い共通項でした。いま上場してくる小型IPOの中にも、10年後にこのリストへ名を連ねる企業が眠っているはずです。目先の初値や話題性ではなく、「利益成長の再現性」という物差しも加えて新規上場企業を眺めてみると、違った景色が見えてくるのかも知れません。
出典: IPO・グロース市場分析サービス「ラピスラズリ」収録データ(2026年7月2日時点)。母集団はグロース市場(旧マザーズ含む)系上場銘柄のうち上場時時価総額と直近時価総額の両方を算出できる603社。東証プライム市場へ直接上場した銘柄、および当サービスで「スター企業」として別区分している一部の大型成長企業は集計対象外です。時価総額・財務数値は各社開示資料に基づきますが、正確性を保証するものではありません。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。