エピローグ 私は生き抜いた
二十六聖人の磔刑
慶長元年十二月十九日。長崎西坂。
ラケルが日本を去ってから十五年。今この地で、二十六人の敬虔なキリシタンが、磔刑に処せられようとしている。外国人のフランシスコ会士が六名。日本人イエズス会士が三名。それに同伴した日本人信徒が十七名。その中には十二歳の少年もいる。
京で捕縛され、耳を切り取られた二十六人のキリシタンは、厳冬期の酷寒の中を、京から長崎まで、三百里を超える死の行軍を歩き抜いた。今、十字架に縛り付けられたその肉体はもう、朽ち果ている。しかし、彼らの魂はまだ、その煌めきを失っていない。
大村藩の代官が、宣告文を読み上げる。丘を埋め尽くす数千の民衆は、水を打ったように静まり返る。
日本は神国にて、古来より神祇・仏法を尊び、これをもって国を治む。然るに近年、南蛮より来たりて伴天連と称する輩、異国の教えを説き、人心を惑わし、寺社を毀ち、日の本の法を軽んず。
天正十五年、既にこれを禁じ、伴天連を本国へ返し、信徒には改宗を勧むと布告せり。しかるに、近ごろルソン国より大使の名を称して来たる者ども、前の禁を犯し、都において公然と布教し、多くの者を誘い従えたり。これは明らかに法度を軽んずる所業なり。
よって、これらの者およびその弟子、日本人信徒をもろともに捕らえ、罪科を天下に示すべく、京都より長崎まで護送し、西坂の刑場において磔刑に処す。刑は長崎奉行の配下に命じ、刑吏これを執行すべし。
今より後、この異国の教えを説き、またこれを受け入れる者あらば、一族ことごとく死罪に処す。伴天連並びにその徒は、すみやかに本国へ送り還すべし。
この旨を天下に知らしむるため、ここに布告す。
慶長元年十二月十九日
太閤 豊臣秀吉
宣告文が読み上げられると、長槍を持った刑吏が、受刑者の左右に一人ずつ立つ。合図と共にその槍を掲げる。囚人の脇下から心臓を貫く。むせる様な血の匂いが、刑場を埋め尽くす。数千の聴衆は声を上げ、幼い子供まで犠牲となる凄惨な刑に涙する者もあった。しかし、刑が終わり数月も経つと人々は日常に戻り、非業の死を遂げた二十六人のキリシタンの事は、徐々に忘れ去られていった。
異端審問
二十六人のキリシタンが長崎で磔刑に処せられたその時からおよそ十時間後。長崎からおよそ一万キロ離れた、ヌエバ・エスパーニャの都市、メキシコシティ。この街で、二人のコンベルソが異端審問にかけられようとしていた。街の中央にあるソカロ広場で公開審問が催されるのは一年ぶりである。早朝にも関わらず、久々の見世物に好奇心を抑えきれない人々で、広場は埋め尽くされている。その真ん中で、異端審問官が判決文を読み上げる。
天主の御名を奉じて
我ら、ヌエバ・エスパーニャ副王領首府メヒコ市に在り、ローマ教皇およびカスティーリャ国王の勅許を受け、聖なる異端審問所の職を司る審問官ら、ここに判決を宣す。
被告 グラシア・ヌニュス・デ・サンタンヘル。ポルトガル王国ヴィゼウ出身の医者にして、新キリスト教徒の家系に属す。確かなる証言者の言葉に基づき、被告はヴィゼウにおいて、キリスト教徒の童子を治療の名にて欺き、これを殺害し、その血をもって異端の儀式を行い、至高の天主とその聖教を著しく冒涜せりと断ずる。この大罪を逃れんがため、ポルトガルを遁れ、ゴア、マラッカ、マカオ、平戸、マニラを経て、アカプルコに至るまで諸港諸邦を転々とせり。
被告 ディエゴ・ロドリゲス・デ・エヴォラ。ポルトガル王国エヴォラ出身の者にして、ラケルの従者。同じく新キリスト教徒の家系に属す。この者は、主人グラシアの逃亡を支え、共に諸港を巡り、ユダヤの律法を秘かに守り、聖教の秘跡を軽んじたり。
両名とも外形こそカトリック信徒を装えども、豚肉を食らわず、安息日に業を休み、アカプルコにては虚偽の洗礼証明書を呈し、検問を免れしことも判明せり。
慈悲の猶予と勧告を与うれども、いずれも悔悟の徴なく、背教と異端の念を棄てざること、頑迷にして明白なり。
よって、聖霊の導きを仰ぎ、教会法およびこの聖なる審問所の規定に依り、両名をカトリック教会の庇護の外に置き、これを世俗の権に委ね、法と慣習に従い火刑に処すべきことを宣す。
教会は慈しみ深き母なれば、人の血を流すことを欲せず。ゆえに世俗の執行者に対し、魂の救済に適うよう刑を行うことを懇ろに願うものなり。
右判決、千五百九十七年二月五日、メヒコ市におけるアウート・ダ・フェにおいて、神と人との前に宣し渡すものなり。
異端審問官長 フライ・アロンソ・デ・ビジャコルタ
書記官 ガスパル・ヌニェス・デ・ラ・セルナ
異端審問官長、フライ・アロンソがそう告げるのを、罪衣を着せられたラケルとディエゴは、ただ黙して聞いている。異端審問官から、刑の執行官へと、その身分が引き渡される。広場を出て、刑場へと歩く死の行軍が始まる。聴衆が道中を取り巻く。罵声を浴びせる者もいれば、祈りを捧げる者もいる。
「とうとう、捕まっちまったな」。
ラケルがディエゴに言う。
「ああ。しかし悔いはねえ。やることはやった」。
その言葉に、ラケルは無言でうなずく。二人の表情に、死への畏れはない。
刑場に着く。刑吏が二人を杭に縛り付ける。足元には、油を塗られた薪がうず高く積み上げられている。付き添いの修道士が、最後の説教をする。
「娘よ、息子よ、いまこの時、主はなお汝らを見捨て給わず。汝らの肉は炎に焼かれようとも、魂は悔い改めによって天の御国に迎え入れられん。汝らが歩みし道は背教と異端に満ち、聖なる教会とその秘跡を侮り、真の救いを拒みしなり。
されど今ここにて心を低くし、我らと共に、信仰の宣言を唱えよ。主イエスは十字架上においても罪人を赦し給うた。汝らが唇でこれを拒むなら、その魂は永遠の火に沈まん。だが、いま心でこれを受け入れるなら、炎はただ肉を奪うのみ。魂は光に抱かれ、御前に安らがん。さあ、我と共に祈れ」。
その説教に、二人は無言を貫く。修道士の顔が、深い絶望に染まる。その様子を見ながら、観衆の者達が、囁きあう。
「縄は緩めてあるのだろう?」。
「恐らく」。
「では俺は、女の方に二レアル賭けよう。強がっているようだが、火が付けばきっとわめき出し、すぐに十字を切って飛び出すはずだ」。
「じゃあ俺は、男の方に」。
囁きあう観衆の前で、松明を手にした刑吏が、静かに二人の前に歩みを進める。手にした松明を、無造作に放り出す。火は忽ち猛火となり、松脂の焦げる匂いが辺り一面に充満する。
「どうしたディエゴ?懺悔するんじゃなかったのか。もう、今しかないぞ」。
ラケルがディエゴに囁く。その顔には小さな笑顔さえ、浮かんでいる。人生を生き抜き、自らの魂を、最期まで使い切った女の顔が、朝日に照らされて輝く。
「ばかやろう・・・・。俺は・・・アロンとの約束を、最後まで果たす。娘は本当によく頑張った。そう伝えにゃならん・・・・」。
ラケルの瞳から、大粒の涙が堰を斬ったように流れ出す。
「ディエゴ・・。このお転婆のお守りを引き受けたことで・・・、こんなことに、・・・なっちまってすまぬ・・・・、そなたとの長い旅は、なかなか楽しかったぞ・・・」。
ラケルは、激しい煙に呻きながら、そういってディエゴの方を向く。ディエゴはもう、何も答えない。さらに激しい煙がラケルを襲い、その意識を混濁させる。朦朧とする中で、ラケルは自分の命を繋いでくれた別の命たちに、静かな祈りを捧げる。煙で潰れてほとんど見えなくなったその瞳に、東の空にのぼった太陽が、最後の光を届ける。
(あの東の空の向こうに、日本がある。あの光の元で、私は確かに生き抜いた)。
やがて、炎が全てを焼き尽くす。聴衆は、久しぶりの見世物が終わると、まるで何事もなかったかのように、いつもと変わらぬ一日へと、戻っていった。
二十六人の敬虔なキリシタンが磔刑に処せられた悲劇の場所には今、彼らの生き様を今に伝える像が立ち並び、長崎の街をやさしく見下ろしている。しかし、同じ日に、日本からはるか彼方の異国の地で火刑に処せられた、二人のユダヤ人の生涯を知る者はもう、誰もいない。
(完)。