宗論その弍 王と法、国と民
「では続けよう。そなたらのユダヤ民族が、神の法を信仰の真ん中に掲げていることはよく判った。しかし、そなたの国にも王はいたであろう。王はその地と民を収めるために、様々な法を定めねばならぬ。わしも、領地を統治するために日々、様々な法を定めておる。お主の国の王は、いや、今お主らは流浪の身であったな。かつてのお主の国、イスラエルといったか。そこでは王はどのように法を定め、民を従えたのか?神の法と王の法が混ざっておったら、民は混乱するであろう?」。
やはりきた。ラケルの瞳の内に閃光が走る。どう答えるべきか。信長が気に入らぬであろうことを、あまり語りたくはない。しかし結局、この男の前で偽りを語ることはできない。
「お答え申し上げます。信長様。我らの民族においては、王もまた、神の奴隷の一人にすぎません。優れたる知力、あるいは膂力、人を束ねる統率力、人徳。それらによって為政者、あるいは王と言われたものも、その槍に契約の印を刻み、神の掟に付き従うのみでございます。王が自ら律法を制定するなどというのは、神に対する最大の冒涜でございます。そのようなものは直ちにその座を追われるでしょう」。
「わからぬ。了斎も言うたが、移り行く時の流れは、日々世の中を変える。それに応じて法を定めていかねば、時の流れに追いつかなくなるであろう。お主らの先祖が何千年も前に神にもらったというその石板に書かれた掟だけで、どうやって民を率いるのだ?」。
「我々の社会には、片言節句の改変も許されぬ律法を核としながら、日々の問題に応じてそれらを解釈し、より具体的な法を定める律法僧という者達がおります。この律法僧達が、日々神の法を解釈し、社会の変化に応じて律法の適用を議論します。王もまた、その結論には従わなくてはなりません」。
それを聞いた信長の表情に、これまでとは異なる明らかな失望の相が現れる。
「なんじゃ。結局そなたの国も、牛耳っておったのは坊主か。法の解釈など、坊主共の都合でどうにでもなるじゃろう?それに、王が法を勝手に決めれば追放されるというが、誰が追放するのじゃ?神が王を追放するといいたいのだな?だがお主は、神は目に見えず、形もないといった。ならば、神は刀も持てず、矢も射れぬ。どうやって王を追放するのじゃ?律法坊主が自ら刀剣を取って王を倒しにかかるのか?それでは比叡山の糞坊主共と似た運命をたどるのが関の山だぞ?どんなに弱き王でも、坊主に負けるほど弱くはなかろう?」。
ラケルは、信長の言葉にしばし逡巡し、考えを巡らせる。しかし、すぐに毅然と返す。
「王を追放する者。神以外にそれがあるならば、それは民でしょう。民は自ら律法を守りながら、注意深く王を観察するものです。この王は神の法を守っておるのか、と。律法を守らぬ王に、民は従わない。民が王を見限り、税を納めねば、王はその武力を維持できませぬ。異国からの攻めに、守りを固めることもできませぬ。なにより、民が王のために戦って死のうとは思わぬ。確かに王はその力で、王に従わず、税を納めぬ民を殺すこともできます。しかし、民の信なき王がもし、逆らう民を皆殺してしまったら、あるいはそれを恐れた民が皆、国を去ってしまったら、王の元には何が残るのでしょうか?王はその時、何を治めるのでしょうか?民なき国も、民なき王も、存在はできませぬ」。
「うむ。それはお主のいう通りである。わしは天下布武を掲げ、この日本国を統一せんとしておる。時には百姓まで駆り出し、大儀の元に死ねと、命ぜねばならん。しかし、それは全て、天下統一の向こうにある安寧の日の本を実現するためじゃ。それは民のためである。信長のためではない。天下布武の向こうにある、安らかなる世の中。これすなわち、天下静謐。それこそがわしの大儀じゃ」。
「信長様のその大儀こそ、信長様に民が付き従うゆえんと存じます。人は、民のため、神のためと言いながら、欲得にまみれる者にはついていきませぬ。古代の我が国には、史上最も偉大とされた、ダビデという王がいました。しかしそのダビデ王さえ、時に色欲に溺れ、律法を犯し、臣下の妻と姦淫しました。神はそうした王達の堕落を許さず、それ以降わが祖国は、偉大な王に恵まれなくなります。そして徐々に、自ら弱くなっていきました。律法僧達も、しばしば王と対立するようになります。民は、神の法と王の法の間で混乱し、分裂しました。北のイスラエルは、間もなく滅びました。やがて南のイスラエルも、隣の大国の王に敗北しました。倒したのは、ネブカドネザルという異教徒の王です」。
「ふむ。言いたいことは判る。つまり、律法を護らず色欲に溺れた王は、民に見放され、民を分断し、隣国に滅ぼされたのだな。そしてそれは、結局のところ王が律法を護らなかった事に対する神の罰である。そなたはそう言いたいのだな?」。
「信長様のご明察、ただただ、恐れ入るばかりでございます」。
「民の信なくば、王は立たん、というのは判る。しかし、そなたの祖国がネブカドネザルに敗れたのは神の罰ではない。お主らの祖先が国を割り、自ら弱くなったからだ。そなたらの信仰の奥底には、律法により民を纏める、強い求心の力がある。一方で、その力が強ければ強いほど、それについていけぬ民を振り飛ばす、遠心の力もまた働くように思える。そこを見極め、民をひとつにするすべを見極めねば、そなたらが未来に祖国を取り戻したとて、再び国は分裂するやも知れぬぞ。結局のところその分裂は、王も、律法坊主も、民の誠の声に、耳を澄まさなかったからではないか。わしは、天下を武の力で統一し、我が法に力を与える。そのために神が役に立つならば、仏だろうと、デウスだろうと、大いに使おう。しかし、それは全て民を統べるため、天下静謐の為だ。もし、わしの眼が曇り、民の誠の声がこの耳に届かなくなった時、天は我に天下布武を担わせてくれぬであろう。しかし、そのような事は、決して起きぬ」。
そこまで言うと、信長は再び扇子を閉じ、それで自らの肩を小さく叩きながら言葉を続ける。
「そなたのかつての祖国と同様、この国ももう長く戦乱の中にある。もとはと言えば足利家が、私欲にまみれた跡目争いなどで民をなおざりにし、正しきことのために、武を奮うことを躊躇い、自ら弱くなっていったからだ。弱い者に安寧の世は作れぬ」。
「その足利家とは、日の本を古代から長く治める王家のことでしょうか」。
ラケルの言葉を聞いた刹那、信長の表情がにわかに硬直する。そして、第六点の魔王の相がその表に現れる。しかし、それはほんの一瞬の事だった。信長はほとんど誰も気が付かぬほどの一瞬、眼球のみを動かして、周囲の臣下を一瞥する。そして、次の瞬間、信長は作り物の平静をその顔に浮かべる。
「足利家は王家ではない。将軍といってな。武士の棟梁だ。この辺りは少し、お主の国と日の本は、形が違うようじゃ。足利はもう、とっくにわしが滅ぼした」。
(では、信長様は新たな将軍でしょうか。それとも新たな王でしょうか)。
ラケルは、喉元まで出かかったその問いを、ギリギリのところで飲み込む。強烈な生存本能が、その問いは発しないほうが良いと、ラケルの頭の中で警告を発している。その様子を見た信長は、小さく、ゆっくりと頷く。
「賢い。そなたは本当に聡明じゃ。わし以外で、わしと同じ高みにおると確信できる智力に、初めて会ったわ」。
そういうと、信長は周囲の家臣を一瞥する。
「さて。長い宗論となったがご苦労であった。最後にラケル殿に言おう。そなたらの民族は、国を失い、領地を失ってなお、千数百年。そなたらが言う神の法のもと、民として生き延びておる。国なき法を、王なき民が護り続ける。それも、異国の地に居ながらな。その苦難、想像に余りある。
せめてそなたがこの日の本にいる間、そなたらの安寧はこの信長が保証すること、改めて伝えよう。願わくばこの信長の領内で医院を開き、その優れた技術で日本の民を癒してほしい。そしてたまにこの信長に、異国の話を聞かせてくれ。平戸に帰りたいならば無理に止めはせんが、わしは反対じゃ。九州はまだ、わしの眼も届かん。キリシタンが何をしでかすか、わからんからな」。
信長はそういうと、扇子を高々と掲げて掌の上に振り下ろす。
「パシ!」。
扇子が閉じられる乾いた音が、謁見の間に鳴り響く。この長い宗論が終わった事を、その場の皆が感じ取る。そしてこの時、三人の男が、それぞれに思いつめた顔で、各々の視点の先を凝視していた。
そのうち二人は日本人。明智光秀、そして羽柴秀吉である。そしてもう一人、ルイス・フロイス。彼もまた平伏したまま、いつまでも独り、畳の目を見つめ続けていた。しかし、長い宗論からの解放感に浸っていた他の家臣の中で、思いつめた三人の表情に気が付いた者は、誰もいなかった。