了斎、平戸に還る
南蛮寺でオルサンティと誓い合った日から十日後。了斎は既に、生月島を眺望する船の甲板にいた。堺から船で、瀬戸内海を西へ。そして下関を抜けて平戸へ。オルサンティはその手前で別れ、フロイスとアルメイダを探しに豊後へと向かった。トマス・コスタがいる長崎のイエズス会には絶対に知られてはならない隠密行動は、ひとまずうまくいったといって良い。
この旅において、盲目の了斎をよく助け、平戸まで付き従ったのはミゲルである。今ミゲルは、了斎の傍らで共に甲板に立ち、平戸の潮風を全身で受け止めている。ミゲルは、固いクヌギの木でできた船の櫂のように、まっすぐで芯の通った性根を持つ少年である。世の中の複雑さや、ものの哀れを知る歳ではないが、初めて帯びた使命がとても重要なものであることを直感し、使命感に心を燃やしている。
了斎は心を澄まし、全身で故郷の空気を感じ取る。小さくて穏やかな波が、遠慮がちに砂浜に乗り上げる微かな音が聴こえる。飛魚を開いて天日に干しているのだろう。魚の匂いが潮の香に混ざっている。その香りは、了斎の心をたちまち過去に引き戻す。荒くれものが多い漁師町で、常に疎外感を感じて育った少年時代。やがて琵琶法師となって逃げるようにここを出た時、了斎の心は生きることへの虚しさで溢れていた。しかしその数年後、平戸に戻った時、伝道への希望を満載したその心に、かつてのみじめさや虚しさは、微塵もなかった。
そして、再度平戸を去った時、了斎の心は再び挫折にまみれていた。以来、この地に足を踏み入れたことはない。しかし今は、過去の感傷に浸っている余裕はない。
「了斎殿。よく平戸まで戻ってくださった。わが文、無事に届いたとは信じておりましたが、返信の代わりに了斎殿自らがお越しくださるとは!しかもこんなにも早く。この籠手田、深く感謝申し上げる。今夜は了斎殿を囲んでゆるりと語り合いたい。旅の疲れも存分に癒してくだされ。明日にはくだんの女医者にも連絡を取ろう」。
弁才船から降りた了斎を、籠手田安恒・アントニオが自ら出迎える。破顔満面、籠手田の表情には待ちわびた了斎と再会した喜びが溢れている。対照的に、ロレンソ了斎の顔は固くこわばり、憔悴しきっていることは言うまでもない。了斎は、挨拶もそこそこに籠手田の元に歩み寄り、周囲に聞こえない小さな声で事態を伝える。
「籠手田殿。この度は特別な事情があって平戸に参った次第です。まさに一刻を争う。すまないが歓待を受けている余裕はない。お屋敷で事情を説明したい。この話は絶対に漏れてはならない。人払いを徹底願いたい」。
いつも温和な了斎のただならぬ気配に、籠手田の表情も一変する。信心深い温和なキリシタンの顔から、平戸に籠手田ありと恐れられた戦国武将の顔へとたちまち豹変した男は、鋭い声で配下に号令をかける。
「ロレンソ殿、ミゲル殿をすぐにお屋敷へ案内しろ。急げ!」。