トルデシリャスの東【第17回】明智十兵衛光秀 / 南蛮医探索計画


トルデシリャスの東

明智十兵衛光秀

南蛮寺の了斎とオルサンティに、信長の病変が極秘の内に知らされたのは、フロイスの手紙が届く三日前のことだった。天下人にならんとしていた男の危篤という超機密事項。それを異国人に伝えろと命じたのは、他ならぬ信長本人だった。そして、その伝達役を担ったのは、惟任日向守、明智十兵衛光秀である。

光秀は若い頃、医術を学んだ経験があった。そこで光秀は、侍従医を助け、信長の治療に対処していた。その光秀が突然南蛮寺を訪ねてきたのは、初夏の夜の事だった。

「了斎殿、オルサンティ殿。我は、ここ南蛮寺に信長公の命を受けて参った。これからお伝えすることは何人に話すこともならん。家臣でも、これを知るのは私を含め数名じゃ。そして、信長公に忠義尽くしたる我々日本人から、このことが漏れることはない。従って、万が一これを他の者が知ることとなった時、その噂元は全て貴君らと断じ、問答無用で即打ち首となる。よいな」。

了斎とオルサンティは、光秀の鬼気迫る形相に、異を唱える余地がないことを悟る。できればそんな機密など聞きたくない。しかし、今や信長の右腕とさえ言われる光秀自らが足を運んできた。二人のキリシタンは、ただ平伏して耳を傾けるのみである。

「信長公が原因不明の病に見舞われておる。はやひと月だ。最初は夏の暑さの中での鷹狩りや、築城視察の疲れが出ただけだとおっしゃられていた。しかし、その衰弱、日に日に深刻となり、今は食事もろくに喉を通らん」。

光秀はそこまで語ると、一度沈黙する。日本語が得意ではないオルサンティのために、了斎がポルトガル語で伝えるのを待つ。了斎の言葉を聞いたオルサンティの顔が、みるみる青ざめる。

「信長様がそのようなご状況とは。なんということでありましょう。しかし、信長様であれば、きっと病に打ち勝ち、やがてこの国を広く治められますこと、疑いございません。神デウスに、信長公のお命救い賜るよう全力でお祈り致しましょう」。

それを聞いた光秀は、わずかに口元の緩め嘲笑の表情を示す。

「祈り?オルサンティ殿はまだ京にきて日も浅い。あのお方のことをよく知らんようだ。祈りなどはお館様が最も忌み嫌うものである。そなたの愚言を信長様がお聞きした時、殿の腹の虫の居所が悪ければ、その首すぐさま飛びますぞ。用心なされ」。

怒気と冷笑を含んだ光秀のその言葉を聞き、了斎とオルサンティはただ、沈黙を守る。光秀は、その様子を一瞥して、言葉を続ける。

「我は、多少の医術の心得がある。若かりし頃少しかじったからな。そこで、侍従医を助け信長様の治癒に当たったが、状況は悪くなるばかりだ。原因が分からん。我々の医術では埒が明かんのだ。そこでだ。そなたらに南蛮医を手配頂きたい。二十日以内にだ」。

「二十日・・・」。

それを聞いた二人の表情に、絶望の色が浮かぶ。見えない目を虚空に投げ出しながら、了斎が震える声を絞り出す。

「二十日は難しゅうございます。光秀様。十年ほど前、九州の豊後にて、ルイス・アルメイダ師が南蛮医院を開いておりました。彼はポルトガルで医療教育を受けた医師でございました。しかし、もう何年も前に医院を閉じております。今、日本に南蛮医はおりません。マカオから呼ぶなら、最低でも数か月はかかります」。

「そのような話を聞きに来たのではない!二十日だ!無理ならばその命、亡きものと思え。どのみち信長公の庇護なくば、おぬしらの運命は風前の灯も同様。そのアルメイダを連れてくるのじゃ!腕はなまっておっても、南蛮医じゃろう」。

了斎は、その怒気に激しく狼狽しながらも、なお必死で言葉を繋ぐ。

「無礼をお許しください。しかしながら、光秀様も医術のお心得あるとのこと。ご理解いただけるかと存じます。医者は、薬あって初めて医者でございます。刀傷、鉄砲で開いた穴、骨折などであれば薬以外の処置も多少はございましょう。しかし、お聞きしているお館様のご症状、臓腑の病い、あるいは気の病と存じます。アルメイダ師の手元に、満足な南蛮薬は今、ないでしょう。南蛮薬のない南蛮医は、何のお役にも立てませぬ」。

「そうか。明瞭なる講釈かたじけない。だが、ならばもう、そなたらに用はない。ここで座して死を待て。せいぜいデウスとやらに命乞いするのだな。但し、お館様にもし万が一のことあれば、貴様らの生殺与奪を握るのはデウスごとき邪教の神ではない。この十兵衛であること、肝に銘じておけ!」。

光秀はそう言い放って座を立とうとする。すかさずオルサンティがその袖にすがりつき、必死で引き留める。

「お、お待ちください!承知致しました光秀様。なんとかアルメイダ師をお連れします。アルメイダ師は今、豊後にて宣教の任に当たっております。豊後には、フロイス師もおります。フロイス師と連絡し、何とか二十日以内にアルメイダ師を連れて参ります」。

光秀はその言葉に歩みを止め、冷たい微笑を浮かべる。

「フロイスか。それは良い。あの男は何かと機転が利く。日本語も堪能だ。アルメイダとやらの探索にも役立つであろう。見つけたらフロイスも一緒に上洛させよ。お館様も喜ぶだろう。但し、信長様のご病状、当然フロイスにも伝えることはならん。この十兵衛が危篤だと言え。この情報は緩く扱って構わん。ついでに、どこぞに潜む狸を炙り出せるやも知れんからな。良いな。明智十兵衛、危篤なり。そこで、家臣思いの信長様が、急ぎ南蛮医を探して居る。この理屈で南蛮医を連れてこい」。

そう言葉を投げ捨てると、光秀は風のように南蛮寺を去っていった。光秀の全てのふるまいは、この男のキリシタンへのあからさまな不信を語っている。さりとて、この男が命を差し出して恭順を示すのは仏門でもない。この男が自らを統治させることを認めたのは今のところ、主君、織田信長ただ一人である。その命令とあれば、右の手で比叡山に火を放って仏徒を焼き殺し、左の手でキリシタンを巧みに利用することも厭わない。しかし、その底には、なにか別の、固い岩のような信念が宿っていることを知る者は、ほとんどいない。


南蛮医探索計画

光秀が去った直後から、了斎とオルサンティは全ての予定を反故にし、全力でアルメイダの探索計画を練っていた。すべては極秘である。あらゆることを二人で決めて行動しなくてはならない。まもなく来日するヴァリヤーノ大祭司にも、決して知られてはならない。探索の大きな方向性は、すでに出ていた。盲目の了斎が、自ら豊後に出向いて探索することは得策ではない。一刻も早くオルサンティが豊後に向かい、フロイスを探し出すべきだ。

フロイスはアルメイダと行動を共にしている可能性がある。少なくともその動向は、把握しているはずだ。了斎は京都に残り、短気な光秀を宥めすかす役目だ。

了斎と示し合わせたオルサンティは、既に旅支度を整え、長崎へ向かう和船も見つけていた。幸い、繊維問屋の大型商船が、明後日堺を出るという。明日の朝京を立ち、一日かけて堺に着けば、明後日の船には十分間に合うだろう。

その時、南蛮寺で聖歌とオルガンを学んでいる青年が、遠慮がちに二人の執務室に入ってくる。ミゲルという洗礼名を与えられたその青年は、一通の書状を携えている。表書きは和紙に墨でしたためられている。差出人が日本人であることは、遠目にもすぐに分かる。

「了斎殿。ふるさとから便りが届いておりまする」。


Our Services

イグナイトは、3つのサービスを提供しています。

M&A and Investment Advisory

弊社のFinancial Advisory Serviceの特徴・ご支援内容・報酬体系はこちらをご覧ください。

Read more
Valuation

M&A/資金調達における各種バリュエーションサービスを提供します。類似会社の選定においては、国内企業のみならず、世界中の公開会社を対象としたベンチマークが可能です。

Read more
顧問/アドバイザー/社外役員

M&AからIPO、そして上場後のファイナンス戦略まで、スタートアップ企業やグロース上場企業の皆様の成長をご支援します。

Read more

Column Categories

NEWS
NEWS

当社に関する記事やニュースはこちらこらどうぞ。

連載小説 トルデシリャスの東
連載小説 トルデシリャスの東

15世紀。ポルトガルとスペインは、新世界を2つに分けて統治する条約を締結しました。トルデシリャス条約です。この小説は、…

生成AIが変える未来
生成AIが変える未来

ChatGPTの登場により、2023年はAI本格化元年として記録されるでしょう。弊社も、業務へのAI導入を積極化してい…

インフレが変える世界
インフレが変える世界

デフレもインフレも、世界経済と社会構造に重要な影響をもたらします。しかし、バブル崩壊以降長いデフレに沈んだ日本は、オイ…

中東の地政学から世界の明日を読む
中東の地政学から世界の明日を読む

2023年10月7日に始まった中東紛争は、今後の世界情勢に非常に大きな不確実性をもたらしつつあります。弊社は、これまで…

あのM&Aは、高いのか安いのか
あのM&Aは、高いのか安いのか

M&Aにおいては、最終的に全ての情報と交渉の結果が最終的に価格に反映されます。このコラムシリーズでは日々実行されている…

自動車産業の変革を読む
自動車産業の変革を読む

電気自動車の登場により、自動車産業は100年に1度といわれる大変革期を迎えています。自動車産業は、その産業規模、関連産…

キリスト人とユダヤ人
キリスト人とユダヤ人

ユダヤ教を信じる人を「ユダヤ人」と呼ぶのに、キリスト教を信じる人のことを「キリスト人」と呼ばないのはなぜでしょうか。こ…

スタートアップファイナンス
スタートアップファイナンス

スタートアップのファイナンス領域(資金調達/IPO)は、通常のコーポレートファイナンスとはまた異なる特徴を持ちます。こ…

エスプリの効いたM&A用語集
エスプリの効いたM&A用語集

コーポレートファイナンスの領域では、さまざまなテクニカルタームが「発明」されてきました。そのほとんどは、欧米の投資銀行…

フィンテックの現在地と未来
フィンテックの現在地と未来

フィンテックという言葉が生まれてすでに数年が経過しました。その間、暗号資産をはじめとする様々なテクノロジーが生まれ、関…

「もしとら後」の世界を読む
「もしとら後」の世界を読む

2024年最大のイベントは言うまでもなく年末に行われる米国大統領選挙です。「もしとら」が実現したとき、世界はさらに大き…

Our Company

会社概要

社名 IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社
設立 2013年3月
所在地 東京都中央区勝どき6-3-2
資本金 990万円

Feature
代表取締役経歴

GMDコーポレートファイナンス(現KPMGFAS)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。バイサイド、セルサイド双方の案件エグセキューションを経験。 その後、JAFCO 事業投資本部にてバイアウト(企業買収)投資業務に従事。 また、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にて、通信/ITサービス企業の事業ポートフォリオ戦略立案等、情報通信/ITサービス領域におけるコーポレートファイナンス領域のプロジェクトをリード。
2013年 IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社設立。代表取締役就任。

日本証券アナリスト協会検定会員
日本ファイナンス学会会員

弊社へのご連絡はこちら

情報通信/IT/Web-Serviceの売却ご相談を始めとする弊社サービス全般へのお問合せは下記フォームよりどうぞ。