プロローグ 光と闇のはざまで
一人の男の命の灯が今、燃え尽きようとしている。
栄光の人生だった。多くの者は、その生涯をそう振り返るだろう。天さえも、男を天上に誘うことを歓迎している。死への床から仰ぎ見るモンカヨの山々は、沈みゆく夕日に朱く燃え上がる。大気は神聖なまでに張りつめ、澄み渡る。黄昏のカーテンは暁から藍へ、そして蒼へとその襞を折り重ね、城を包み込む。天と地、光と闇、生と死。トワイライトゾーンで全てが交錯し、男の生涯を称える天鐘が鳴り響く。しかしその時、その胸に去来するのはただ、悔恨と絶望である。
男は早く世に出た。幼き日の彼と出会った者たちは、聡明な者も、愚鈍な者も、少年の瞳の奥に特別な知性が宿っていることをすぐに理解した。青年になるとその知性は、渚に寄せる波が海に還るような必然性に導かれ、アラゴン王フアン二世の知るところとなった。
医学・薬草学・天文学・地政学・軍事。男の智力は、あらゆる領域において卓越していた。しかし、フアンニ世がとりわけ刮目したのは、王国の財政を司るその能力だった。多くの中世国家がそうだったように、アラゴン王国の歴史もまた、絶え間ない戦争と内乱の中にあった。フアン二世は混乱を乗り超え、王国の安寧を得るために、大いなる知恵、そして金を必要としていたのである。
その男が財政において特別な能力を有したのには、個の力を超えた民族的背景も影響していた。男は、ナザレのイエスが生きたとされる時代に、地中海東岸からイベリア半島に逃れた、貿易の民の末裔だった。のちにスファラディ(スペインのユダヤ人)と呼ばれるその集団は、イベリア半島に定住し、時々の支配者たちと共存した。古くはウマイヤ朝、あるいはナスル朝のイスラム教徒と。そののちには、ローマカトリックのキリスト教徒と。男の一族も、主流の中に生きる危ういマイノリティとして危険に晒されながらも、数百年に渡りその信仰を守ってきた。
しかし、男の祖父の代より少し前、恐るべき疫病が世界を席巻した。ペストである。イベリア半島もまた、煉獄と化した。三人に一人が死んだ。キリスト教徒は、内なる異邦人に恐怖のはけ口を求め、そして迫った。これはお前たちのせいだ。改宗するのか、死ぬのか、あるいは永遠に去るのか。
多くのユダヤ教徒が、逃避、あるいは死を選んだ。その中で、民族の存続に責任を負う立場にあった男の一族は、残る者への義務を全うすることを選んだ。一族の多くの者が、屈辱に震えながら十字架に接吻した。彼らは、コンベルソ(改宗者)と呼ばれた。
ユダヤ民族は、ナザレのイエスの時代よりはるか昔から、地中海貿易に深く関与してきた。そこでは常に、価値の保存、測定、そして交換尺度が問題となった。貿易の交差点で生きたスファラディの人々は、その中で独自の貨幣観を発展させ、またその活用に関する洞察を深めてきた。男の父親は、有能な徴税請負人としてすでに王室の財務に関与していた。一族の他のものは、国庫の資産管理に携わっていた。そうした民族の蓄積が、一人の男の知力を得て昇華され、フアン二世の前に現れたといえる。
勿論、王はその男がコンベルソであることを知っていた。しかし、それは、王の決断をいささかも鈍らせることはなかった。この男は、一族の誰も持っていない力を秘めている。フアン二世は、迷うことなく男を抜擢した。
「ルイス・デ・サンタンヘル。貴君をアラゴン王国の財務官に任ずる」。
この物語は、中世スペイン動乱の時代を生き抜いた、一人の王室財務官の生涯に光を当てるところから始まる。
栄達の日々
千四百六十年代。アラゴン王国は、カスティーリャ王国とともにスペイン統一へ向かう前段階の、多民族・多制度国家だった。アラゴン王国が影響力を及ぼしてきたカタルーニャ地方は、自治憲章「レウス・カタランス」を掲げ、古くから独自の自治権を有してきた。カタルーニャは、古くから商業や手工業が発達しており、その中核都市バルセロナは独自の強力な経済圏を発達させていた。この経済力を背景としたカタルーニャ自治勢力は、フアンニ世を中央集権の象徴、そして自治の敵と見做していたのだ。
千四百六十年夏、カタルーニャ地方で反乱が本格化する。そして、バルセロナを中心とした都市の貴族や自治機関が、王権に対し武力をもって対抗し始める。カタルーニャ紛争である。アラゴン王国の弱体化を望むことにおいて、カタルーニャ反乱派と、ポルトガル王ペドロやフランス王国の利害は一致した。こうした外部勢力のカタルーニャへの肩入れもあり、紛争は激化していった。
歴史に名を遺す多くの名参謀がそうであるように、サンタンヘルもまた、緊迫の情勢下において、仕えるべき主を見誤ることはなかった。サンタンヘルは、フアン二世のために生きることを選ぶ。千四百六十二年の夏。彼は、灼熱の太陽が肌を焼く暑い季節に、これまで居を構えていたバルセロナから、王党派の中心都市バレンシアに移る。バルセロナはカタルーニャ勢力の中核を為す都市であり、そこ居続けることは反王党派と見做されてもおかしくなかったからだ。サンタンヘルは、自らの生涯を賭けた決断を行動で示し、王への恭順を誓った。
バレンシアに移ったサンタンヘルは、精力的に動く。そして、その知力、財力、そしてネットワークを、カタルーニャ紛争解決に注いだ。まず取り組んだのは、王国の懐事情を改善することだった。千四百七十二年。サンタンヘルは、王室資産であったバレンシア近郊のラ・マタ製塩所の租借権を得る。そして、その利用料を毎年王室に払う契約を交わす。いわば王室資産の「民営化」を引受け、内戦でひっ迫した財政をファイナンスしたのである。こうした取引を通じて、フアン二世は、サンタンヘルとその一族の忠誠心と手腕に、一層の信頼を置くようになる。
イザベルとフェルナンド
そして、サンタンヘルはこれらの財政運営と時を同じくして、さらに重大な秘密プロジェクトに関わった。フアン二世の息子、フェルナンド二世と、カスティーリャ王国のイザベル一世との政略結婚である。アラゴンの隣国カスティーリャ王国は、エンリケ四世が治めていた。血みどろの政争の末に、エンリケは、異母妹のイザベルを王位継承者として認める。エンリケは、イザベルをポルトガル王かフランス王族と政略結婚させ、カスティーリャの勢力を拡大することを模索していた。
もし、イベリア半島の中核を為すカスティーリャ王国が、ポルトガル、あるいはフランスと手を結べば、小国のアラゴンはひとたまりもない。カタルーニャの自治勢力も勢いを取り戻し、アラゴン王党派は分裂し、やがて滅亡の危機に瀕するだろう。フェルナンド二世をイザベルと結婚させることは、アラゴン王国の命運を決する国家プロジェクトだった。そして、その成立は、実際に世界を大きく動かすことになる。
フアン二世は、イザベルの歓心を買うべく、アラゴン王家秘伝の財宝であるルビーの首飾りをイザベルに献上した。その価値は、巨城ひとつに相当するほどだったという。しかし、フアン二世がこの婚約の支度金として用意したのはそれだけではなかった。二人の婚姻後は、アラゴン・バレンシア・カスティーリャの全ての領地から得られる収入が、イザベル個人に帰属することまで誓約したとされる。フアン二世は、文字通り、この政略結婚に全てを賭けたといえる。そして、王の要請を受け、この危険な賭けの戦略を立案し、実行したのがサンタンヘルだった。
千四百六十九年十月十九日。二人の王はバヤドリッドにあるビベロ宮殿の「富の間」において、極秘裏に結婚式を挙行。この時イザベルは十八歳。フェルナンドは十七歳だった。あとからこれを知ったエンリケは激怒し、イザベルの王位継承権をはく奪すると宣言した。しかし、二人の結婚は既に世間の有力者の間で既成事実化していた。エンリケは、これを覆すことができなかった。フアン二世、そしてサンタンヘルは、賭けに勝ったのである。
この政略結婚により、カスティーリャ・アラゴン連合王国は、イベリア半島の主役の座を確かなものとする。両王は、千年を超える動乱の半島を統一すべく、歴史の歯車を激しく回転させていく。
どこで間違えたのか
ふと気がつけば、モンカヨの山々は既にトワイライトゾーンを抜け、物悲しい晩秋の闇に沈もうとしている。サンタンヘルの肉体はすでにその役目を終え、あとは天が、その青白く細い命の灯を静かに吹き消す瞬間を、ただ待つばかりである。苦悩が深い襞となって刻まれたその顔を、蝋燭の炎が静かに照らす。奇妙なほどに清廉なその光が、さらなる過去の記憶を男の脳裏に蘇らせる。今際の際でなお、彼は自らに問いかける。
「わたしは、どこで間違えたのか」。
フアン二世がこの世を去ったとき、あるいは自分もまた、市井の民に戻るべきだったのかも知れない。しかし、時代はまだサンタンヘルの能力を必要としていたし、彼もまた、それに応えることができると自負していた。
亡き王に託された息子、フェルナンド二世。そして運命を自ら切り開く女王イザベル。この両王を自分が支えればきっと、連合王国は半島の統一を成し遂げることができる。そして、ペストと戦争で荒廃した人心も安寧を得て、スファラディもまた、キリスト教徒との共存を続けることができるはずだ。悲劇が起きるあの年の始まりまで、サンタンヘルはそう信じた。
しかし、歴史の歯車は時に容赦なく、残酷に時代を刻む。生涯を賭した願いが達せられたそのとき、それが絶望の引き金になる。そんなことが、ままあるのだ。
自分の生涯の全ては、あの一年の為にあった。死への旅立ちを前に、サンタンヘルはそう悟る。千四百九十二年。あの年の日々のために、自分は生を受け、学び、備えた。そして、夢中で走り抜いた。何が正義で、何が悪だったのか。今でもわからない。しかし、あの年が去り、サンタンヘルに残されたのは、命が尽きるその瞬間まで消えることのない、悔恨と苦悩である。